2006/3/18

「農民のヨーロッパ」  お勧めの1冊

平凡社、1995年、レーゼナー,ヴェルナー著。 中世から現代までをカバーしている本で、全12章のうち、3〜6章が中世。 最初の出だしでアメリカの農民についての記載がありましたが、ヨーロッパとの対比が上手くおこなわれていて勉強になる。総監修はジャック・ル・ゴフ。

この本によると農民暴動は14世紀に始まり16世紀で頂点を迎えたとのことで「薔薇の名前」の舞台設定が1327年だったので、まさにその始まりの時期。 筆者によると蜂起者が、特に抵抗したのは教会と修道院だそうで、古代から結ばれていた世俗の権力者(領主)に対しては、それほどでもなかったとのことで、新参者の修道院は富の収奪者として相当恨まれていたみたいだ。また教会は昔からの農民の(異教的)風習も禁じたこともあるでしょう。

筆者は中世の衰退、即ち基盤産業である農業の衰退が、14世紀初期に始まったとし、後に続くペスト禍による人口の減少が、穀物価格の下落と賃金の上昇を引き起こし、決定的な一撃を与えたと述べてます。 「薔薇の名前」の舞台が1327年に設定したのはこういう背景もあったのでしょうか?

例えば、J・C・ラッセルによれば1000-1340年の間に全ヨーロッパの人口は3850万人から7350万人のほぼ2倍に増えたとのこと。p77-78  ただしこれには地域差があり、イベリア、イタリア、ギリシャおよびバルカンでは1700万人から2500万人程度(1.5倍)に対し、フランス、ドイツ、イギリスでは1200万人から3550万人の3倍。 大部分は農民で、中世盛期までに都市人口はこのうちの約10%。p88  

いずれにせよ、西欧でこの時期如何に開発が進んだかがわかる。この後に西欧は疫病や戦禍で衰退の時期を迎えるわけです。 しかしこれは現代の人口爆発には比べようもない、果たしてどのような未来が我々を待っているのだろうか?
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2006/3/18

「修道院と農民」その2  お勧めの1冊

佐藤彰一著、名古屋大学出版会、1997年。既に1度紹介済みの本である。今回は別の角度から

この本は7世紀に作成された「会計文書」の解析で、主要資料は20数葉の獣皮紙の断片からなるもの。9世紀に作成されたある写本の装丁用の皮材として流用されていたとのこと。 日本だと<襖の裏紙に>に当る。 写本用に自在に寸断された状態から、パズルを解いていくように、はるか昔、メロビング朝の農民生活を描くというのは、まさにロマンそのもの!

因みにこの巻末に会計文書史料、1569人分の農民の名前と、彼らが負担すべき貢租の量を記載したものがそのまま載せてある。 例えば「Col. Monte村の農民Loedoaldは、小麦2、燕麦1モディウスを納める」とか。#98

全体のほぼ4分の1を占め、3章からなる第1部はいわば総論。 トウール地方の地形や気候の解説にはじまるが、最も重要な部分は、後半の修道院と司教座教会の関係についてでしょう。特に修道院特権。これにより管区司祭からサン・マルタン修道院の自立が保証されたとか。 そしてその物質的基盤となるのが、司教座教会へ修道院が納入すべき貢租の免除。 

第2部ではその実態を示す会計文書の各論的解析ということになる。この2部4章にはこの獣皮紙の表裏における文字の方向性や天地関係、それに覚え書き等から、この文書が貢租徴収人が携えていた単葉形式の実務文書であり、この他に「所領明細書のような台帳形式の文書と、未完納者リストがあったはずだ」とする筆者の推論は推理小説を読むみたいで非常に面白い。ところでこの本、文部省の科研費で刊行されたもの。 こんな本が公立図書館で誰でも自由に借りれるのはすばらしいことではないでしょうか?

7章の「賦役と農民経営」は情報満載。 再三 <収穫の> 10分の1という言葉が出てきました。 つまり、もし1粒の種籾から3粒の小麦が得られるとすると。
10 - 3.3(来年用の種籾)- 1(10分の1税)= 5.7
が農民の取り分となるが、それからさらに領主に納める分があるとするなら収穫の極めて僅かな部分しか農民の手に残らないことになる。

筆者が参考資料とした同時代の「バイエルン部族法典」には10分の1税の他にも、週3回の賦役、麻束1、蜂蜜10壺、鶏4羽、卵15個を納めるような規定があり、農民の負担は相当なものだったことが判る。p329-330 特に直轄地における賦役は大変だったでしょう。 その他、場所によっては、豚10分の1税というのもあったようです p337。 さらに、「ル・マン司教事績録」の中に収録されているアイグリベルトウスの文書には、

『…聖母マリア修道院に上記のヴィラ(村)の”すべての”10分の1を…葡萄酒について、乾草について、全ての家畜および薫製肉についての10分の1を、すべて欠けることなく同修道院に納付するよう…』p340とあるそうで、10分の1とは穀物だけでなく”すべての”生産物にかけられていたよう。
 
ところでこの本では、発掘された貨幣の重量の時代別変化をグラフにして議論を進めるところがあり、以前読んだ「死者と生きる中世」のパトリック・ギアリの方法論に通じるものを感じました。 これが現代の史学のスタイルなのでしょうか? 文献考証だけのものよりはるかに私には説得力がありました。

僅かな獣皮史に残された記録を元に、千年以上も前の農民の生活を再現させるという仕事は当にロマンそのもの。 研究は時としてこのような面白さがあると思います。確かに実際の研究では、多くの時間がルーティーンの仕事で潰される地味なものですが、とはいえ、やはり推理や想像が大切。 想像(そうぞう)は創造(そうぞう)につながる。 例え「独断や偏見」と陰口を叩かれようとも、真実を掴めば「鋭い洞察」に変わる。
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