2006/3/25

『韓半島からきた倭国』  お勧めの1冊

副題;「古代加耶国が建てた九州王朝」李鐘恒著。新泉社、2000年。紹介記事には『好太王碑文に刻まれた倭、新羅をおびやかした倭、宋書に登場する倭の五王など、中国・朝鮮史書に載る倭人とは誰なのかを探る。韓半島の古代史研究から大和朝廷中心の日本古代史の書換えを迫る』とある。

著者は古田武彦氏の「九州王朝説」に近いが、著者はむしろ半島の加耶国を本拠地とし九州は分家とする見方である。 面白いが、同時にナショナリズムに説が引っ張られている感じがある。 読者が自国民である韓国人だけだと思って筆が滑ったのだろうか問題な記載も多い。 倭国の凶暴さに対して新羅の正当性を強調するところなど p76 著者がアカデミック(大学教授)な人間であるだけに本書の評価にも影響を及ぼしかねず残念。

これまでよく日本の史学関係者が邦文以外で論文や著作を発表していないことについてアカデミックな視点から疑問を感じていたが、問題はそれのみならず自国語のみでの公開にはこのような別の問題も引き起こされる。 英語などの共通の言語で発表すれば偏狭な記載も自ずと控えることになるだろう。 反面教師として読む価値はある。

九州王朝説=大和朝廷の本家ともいえる九州王朝が筑紫に拠点を持ち、朝鮮半島にも倭地があったがやがて滅亡したとする説)
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2006/3/25

『ヨーロッパ歴史紀行』  お勧めの1冊

堀米庸三著、筑摩書房1981年 現在書店では扱っていないが図書館で入手可能。 

5世紀から7世紀かけて、ビザンチン・東地中海社会をゆるがしたさまざまな神学論争。とりわけ「キリスト単性説=Monophysitism」がヘレニズムやオリエント社会の思想的伝統に絡む深い内容をもった事件であることが判る。

これまでどうもよく理解出来なかったことの1つが、この5〜7世紀にかけての神学論争だった。アリウス派だの、ネストリウス派だの、それにこの単性論。この本によればこれらの神学上の問題は『東方の思想的伝統と関わっている』ということらしい。

ゲルマンの要素ももつローマ教会や当時(5〜7世紀)まだローマやギリシャの影響を受けていたビザンチンでは人性に対する親和性が高い。それでキリストの両義的(人と神)性質に敏感でなく、超越神と一体として考えることに抵抗がなかった。一方、オリエントはもともと『唯一神』の伝統が強い風土。それ故ローマ教会主導で新たに出てきたこのキリストの両義的存在に苦慮した。

まずこの『キリスト単性説=Monophysitism』について簡単にまとめると、
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単性説はキリストをめぐる論争において5世紀前半に現れ,政治的に利用されてビザンティン帝国の東方(エジプト,シリア)の離反を促した神学説。 提唱者ともいうべきコンスタンティノープルのエウテュケスによれば,キリストは受肉前神性と人性の両性を有するが,受肉後は唯一の本性しかもたないとする。 すなわち人性は神性に吸収される(神性のみが残る)との立場である。

単性論の背景としてはアレクサンドリアのキュリロスにいたるまでのアレクサンドリア学派の神学がキリストの完全な人性を無視してすら受肉したロゴスの唯一の本性を重視することにある。 換言すればキリストをあくまで神と考えたいとの傾向をもっていたオリエントの伝統と言っていいかもしれない。

エウテュケスが異端とされると,アレクサンドリア主教ディオスコロスが巻返しをはかり,エフェソスのいわゆる〈盗賊教会会議〉で単性論の勝利を宣言した。これに対し,ローマ司教レオ1世はコンスタンティノープル教会と結んでカルケドン公会議を開きエフェソス会議の決議を取り消してキリストの両性の完全な結合を定めカルケドン信条、単性論を異端とした。ディオスコロスは追放されたが,エジプトの教会はカルケドン信条をネストリウス的偏向と解釈して少しずつ分離を始めた。

その後約1世紀のあいだに単性論は東方の民族主義的傾向と結びつき,有力な神学説および政治イデオロギーとなった。その当時の単性論は,エウテュケスの極端な教えではなく、キリストの完全な人性を認めながらもそれが神性と結ばれると〈唯一の本性〉になるとするにとどめていた。 ちなみにシリアの単性論派の指導者アンティオキアのセウェルス(セベロス)はひじょうに慎重な表現を用いている。

5〜7世紀のビザンティン皇帝の単性論派融和策、すなわち東方引止め策は結果としてすべて失敗し東方は7世紀中葉からイスラムの支配下に入った。しかし単性論派教会はエジプトのコプト教会とシリアのヤコブ派教会ですら統一には動かず,結局,イスラム支配の下にしだいにアラブ化し衰退した。 現存するおもな単性論派教会は上記のほかエチオピア教会アルメニア教会などである。
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と言うことらしい。

以前ある人に 『神学には興味なく、それがどう東地中海の思想的伝統と関わっているかが興味の対象だ』 と述べたら 『神学論争に興味がない人が中世を理解できるとは思わない』 と反論されたことがある。 

確かに西欧中世を理解する上で多少神学についての知識は必要かもしれない。しかしやはり歴史的視点でみれば 『神学がどう東地中海の思想的伝統と関わっているか』 を知ることの方が重要だと思っている。 それにしてもこれらの神学論争について多少の知識があれば名画『薔薇の名前』もまた別の角度から見る愉しみが増えるかもしれない。

ところでこの本の中で、南ルート(地中海)の重要な輸出入品?の一つが奴隷で、9世紀ロシアからイベリア半島のコルドバに一度に14,000人送られたとのこと。p147 これは時代を考えれば驚くべきこと。なお北ルートはその他、針葉樹、松脂、毛皮などが送られた。 西欧にも森林はあったが広葉樹は材質の面から強度を必要とする建材としてよくなかったのだろう。
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2006/3/25

『ラテンアメリカからの問いかけ』  お勧めの1冊

副題「ラス・カサス、植民地支配からグローバリゼーションまで」西川長夫 (編集)原毅彦 (編集)人文書院、2000年。紹介記事には『私たちにとって遠くて近い世界、ラテンアメリカ。奴隷制、ナショナリズム、国民国家。500年間のラテンアメリカを、世界同時性の中でとらえる試み』とある。

極めて広い領域をカバーし、一見統一性がないように思えるが、これは企画が連続講座から生まれたものである為。 しかしこのような異分野交流的なものの中から新しい視点が生まれるのかもしれない。 またクレオール的な文化創造を語る場には相応しいだろう。

長い序文の中で西川氏は、グローバル化を新しい形の植民地化だとする。p17 しかし、グローバル化=植民地化だとするなら、我々はそれを阻止すべきなのか? またそれは可能なのか、他の選択肢があるのか… 色々な思いがわき上がる。

2章「インディアスからの問いかけ」で今まで何度も耳にした司教ラス・カラスについての記載がある。このコロンブスの同時代人である彼が、既に著書『インディアス史』の中でインディアス(西インド)に先行する西アフリカの破壊の歴史を語っている。p68この時代に彼がスペイン(西欧)と西インドのみならず西アフリカをも含めた視線を持っていたのには驚くに値する。p55   何時か彼の『インディアス史』を読んでみたいと思う。

また他の章では、下層階級の大衆文化としてスタートしたアルゼンチンのタンゴや、p289〜ドミニカ共和国のヴァチャータ、p300 の歴史も語られる。 とりわけ4章『クレオールの可能性』1節『国民音楽から異なる者達のコミュニティー』の中で東琢磨氏は多くのカリブ海音楽について解説する。 

『欧米文化によるローカルな文化への侵略と浸透が、土着の音楽の均質化とメジャー化を進め、しかもそれが投機的な市場化によること』p302 また、そしてその担い手となっているのが移住。即ち移民のもたらす所得の拡大であることを。

最後にクレオール文学についても語られる。 黒人文化をアイデンティティーの核に据えながらも、結果的にはフランスへの同化を進んだネグリチュードの闘士、エメ・セゼールの矛盾にみちた選択。 彼が海外県化法の提案者であったことをはじめて知る。p339、343 最後にディアスポラの視点からカリブ世界を描くマリーズ・コンデ、ネグリチュード運動に別れを告げ、ディアスポラによる文化混淆、クレオール性に可能性を求めたという彼女の人生も苦難に満ちている。 なお1999年の時点でフランス本土に40万人、マルチニークに38万、グアドループ42万人が住んでいるとのこと。
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