2006/7/31

レバノン情勢&偽装請負  試行,指向,志向、思考

このところレバノン情勢が厳しさを増している。
イスラエルは今がヒズボラを殲滅する絶好の機会だと考えているらしい、
ヒズボラは和平交渉に入れば自らの存在意義が無くなると考えているらしい、
シリアはまたレバノンに再介入できる絶好の機会だと考えているらしい、
イランは核疑惑から世界の目をそらす絶好の機会だと考えているらしい、
  …当事者がそれぞれの思惑で目下のところ戦争を回避する理由がないとか。 

影響力を持つのはアメリカでしょうが、「テロとの戦い」というスローガンを掲げた手前イスラエルへの働きかけも、かつてのクリントン時代とは異なり今の政権では難しい。

今朝の朝日朝刊に『偽装請負』の記事。 派遣、請負だけでなく此処まできたかとの思い、しかも大企業が行なっているとか。 昔ならアウトソーシンングは合理化の代名詞、半ばポジティブに使われていたが、今では負の意味合いの方が強くなっている。 労働者を低賃金化、安全責任の不在化、不安定化に追いやるシステム、グローバリゼイションの下に企業が生き残る為にある程度避けられないこととしても考えさせられる。
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2006/7/29

サルサはいずれメジャーになる  salsa

今朝の朝日朝刊に米国のラティーノが発言力を高めているという記事。この背景にはやはり経済力の伸びが関係しているらしい。この20年間で平均収入は2倍、購買力は15年間で3.5倍になったとのこと。また、米国のラティーノはメキシコ、コロンビアについで今やスペイン語圏で世界第3位の市場だとか。しかも子沢山ということから、今後この傾向はさらに高まることはあっても減少することは考えられない。

さらにこれはマスコミにも影響力を与え始めているらしい。ラティーノの購買力がメディアを変え、そのメディアが人々をさらに動かし、ひいては社会を変えていく。その図式がみられることは時間の問題でしょう。 彼らは今までの米国の新参者と異なり同化の程度がかなり低いことはトッド
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/33/trackback
やハンチントン
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/54/trackback
が指摘した通り。 簡単には彼らの文化が主流文化に希釈されることはない一方で、彼らは文化的発言力を高めていく。 つまりサルサはいずれメジャーになるということですね。 時間のスケールとしては20年、30年ということでしょうが。
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2006/7/28

目的地と道標  試行,指向,志向、思考

期せずして総裁候補第一番の安倍さんが『敗者復活の出来る社会』というキーワードを唱え始めたとニュースで聞いた。 数日前にここで私が述べた『日本は元々敗者復活の機会を与えない社会』と通じるところがある
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/245/trackback

ただこのことは社会構造さらには国民の精神構造そのものを変えることになるから政治課題としては不向きではなかろうか? そういう意味では小泉さんの『郵政民営化』の方が実行性としては評価出来る。

政治的に解決出来うるテーマと、難しいテーマがある。『敗者復活の出来る社会』を達成する為の具体的政策が何か? を提示することがここは必要だろう。『敗者復活の出来る社会』が<目的地>だとするなら、それを達成する為の<道標>がを提示するのが真の政治家。

ま、個人的には谷垣さんですが、今回は無理でしょうね。
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2006/7/27

頑張れ日本、頑張れ携帯!  試行,指向,志向、思考

今朝の朝日朝刊にblogの記事。 全世界で現在5,000万のサイトのうち日本は868万サイト。これは3年前の50倍、半年前の2倍。そのうち半数以上が3ヶ月以上活動している。 blogの普及でも最近の32%が日本語で、英語の31%を上回っている。 この数の多さと活動維持力は「携帯」という日本特有の投稿システムが原因と分析されていた。

…やはり携帯は日本のソフト力。 携帯のもつ潜在力こそが日本の武器になるだとうと予想したのは6年前のことですが、
http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2000_1115.html
漸くその予想が現実のものになりそう。11月12日(日)頃の書き込み『カロリング体とi-MODE』より、

『頑張れ日本、頑張れ携帯!』
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2006/7/26

歴史的文脈の中で見えて来るもの  レゲエ

『…1920年から30年代にかけて興隆したキューバにおける芸術運動…アフロ性を称揚する創作・研究を発表した。大衆音楽の分野では、キューバの国民音楽と呼ばれるソンが一大発展し…p57』

『…1930年代の世界的な知の潮流のなかにあってベネズエラ周辺の各地で、アフロ的民衆文化を称揚する芸術・学術運動が既にその成果を世に問うていた。アメリカ合衆国のハーレムルネッサンス運動。フランス語圏に開花したネグリチュード運動。キューバで興隆を迎えたアフロクバニスモ運動。並びにブラジルにおけるアフロ系文化評価の潮流などである』p55  『太鼓歌に耳をかせ』より

付け加えるならば、ジャマイカにおけるラスタファリー運動なども合衆国のハーレムルネッサンス運動から大きく影響を受けたことからも、その一貫と捉えられるでしょう。

となると、ソンの発展も非常によく理解出来る。薄々感じていたことではありますが、ソンもレゲエもそういった世界的な知的潮流の中から生まれた兄弟と言えるでしょう。
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2006/7/25

今朝の「ビジネス展望」  試行,指向,志向、思考

OECDの報告書に歴史上はじめて日本の貧困層の問題が言及されたとか。それによれば先進諸国の中で相対的貧困層の多さで日本(13.5%)は米国(17%)についでワースト2位。ここでも非正規雇用者の増大が指摘されたとのこと。所得格差問題を高齢化のせいにする評論家は多いが、都合のいい統計数字のみを取り上げるのは如何なものか? 複数の統計数字の示す現状は隠しようがない。

一昨日のNHKスペシャルによると、相対的貧困層が全体の人口の10%〜20%の社会では犯罪などのしっぺ返しをうけるというのが通説。日本は既に13.5%。その兆しが見えないか? 此処は本当に一度我々の社会を見つめ直す必要がある。
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2006/7/24


昨夜のNHKスペシャルはWorking poorの話題。現在日本では400万世帯が貧困層で、その貧困は次世代の教育機会を奪うことで再生産されているという。 現在非正規雇用は1600万人で、何と3人に1人! しかも非正規雇用のまま30歳を越えると正社員になることが非常に難しくなる現状があるとか。

日本は元々敗者復活の機会を与えない社会、それをそのままにしておいて、さらにアメリカ的な競争原理だけを導入したツケが今後じわじわとボデーブローのように効き始めるだろう。

グローバリゼイションの中で企業は生き残りをかけて合理化に努めたが、その一環として状況に応じて簡単に首を切れる非正規雇用を大々的に導入した。 それによって確かに日本は危機的な状況を抜け出しつつあるかもしれないが、その影で労働者は厳しい環境におかれている。

一方で、高度成長期に生まれた親をもつ世代は、自分の世代も同じような時代が続くものと根拠のない思い込みに危機感を持たず、経済状況に対する知識もそして想像力も欠き育った。

構造的問題の解決は簡単ではない。
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2006/7/23

制度は現状に追いつかない  試行,指向,志向、思考

入院してはじめて判る事がある。 その中でも外国人には冷たい制度や仕組みを感じた。勿論、在日外国人の年齢層は低いだろうし、入院期間もわずか数日だったので一般化出来ないと思っていたが、長い事入院した人からもやはり入院患者に外国人を見かけないという指摘があった。 
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/236/trackback

一方で今日の国際化を示す指標として、国際結婚率は過去25年間に100組に1組から、20組に1組になっている。 フランスの中・近世史家のエマニエル・トッドは将来の社会構造を変える国際結婚率の変化が重要であると指摘したが、これは彼の歴史学に出会うまでは全く私の頭に無かった。 しかし今の欧州の現状を見ると彼の指摘は正しいだろう。
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/197/trackback

20世紀に入って国境の壁が低くなり、人、物、情報、そしてお金が自由に行き交うようになった。 ところが教育、社会保障、医療といったような制度はまだ国家という厳然とした枠の中でしか機能していない。このギャップは将来大きな問題になるだろう。 

エマニエル・トッドは「国境はわずかに開いている」ことが重要だと述べた。彼の意見には多少引っかかりを感じないわけではないが、案外彼が正しいかもしれないと思い始めている。
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2006/7/22

昨夜のNHKスペシャル  試行,指向,志向、思考

以前から南米の反米左派政権の筆頭格、ベネズエラに注目していたが、その特集番組。とりわけ目新しいことは無かった、しかし余り日本で知られていない彼の国。よい機会を提供したことになるだろう。

それに関連して最近ベネズエラを舞台にしたアフロ文化復興運動についての本『太鼓歌に耳をかせ』を読んでいる。 

私の常なるスタンスは、音楽にしてもダンスにしても、その背景となる社会の政治・経済の状況を知らずして、本当にこれら芸術を理解することは出来ないということ。これは十数年前、西欧中世美術、ロマネスク美術に興味を持った時痛感したこと。背景となる社会を知らすして私は、あの美術の何を見ていたのだろう!とのトラウマか?

『太鼓歌に耳をかせ』副題「カリブの港町の「黒人」文化運動とベネズエラ民主政治」 石橋純著、松籟社、2006年初版。 600ページ近い本でまだ全部はとても読み切れていないが、この著者、直感ですが、信頼出来る人ではないか? それはこのような記載があるから。

「本物」の文化にこだわる音楽家と「文化はつくられる」と考える研究者の間での緊張をはらんだ<衝突>を著者が恐れるとともに期待したにも関わらず、それは起こらなかった。p272 むしろ、太鼓文化を外に宣伝する者として音楽家であり運動家が、彼(著者)を利用しようとした事実を彼が率直に述べているところ。

研究者は時として劇的な展開を期待するもの、しかしそれは幸運に恵まれない限りそう簡単に得られるものではない。むしろ期待外れの場合が殆ど、それを淡々に記載する姿勢に好感が持てる。また著者はこうも述べている。

『…「名づけ」とは、あるものをよく似た別物から選別し、際立たせる為のマーケッティング戦略であり…』p326

…ON2 や Cuban という言葉の中にある種の「マーケッティング戦略」を私が感じたのも根は同じ。
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2006/7/21


毎日2、30人の人が私のblogに訪問されている。 アドレスを教えている人は把握している範囲で20名くらいか? その人達が毎日見ているとは考えられないからこの数字は不思議、もちろん偶然ヒットする場合もあるだろうが。 

それにしても普段人に見せない部分を書くのは最近少し恐ろしくなってきた。 心理学の用語で「ペルソナ」というのがある。人は状況や場面に応じて幾つもの顔を持つというもの。 ものの本には 『本当の自分を隠す心の壁』 などと書かれている場合があるがこれは間違い。 表に現れていない<本当の自分>などは何処にもない。 

実は社会に適応出来ている人程、沢山の「顔」を持つ。1つの顔しか持たない人は社会的不適合者。 …と考えると、普段見せない別の顔をblogの形で知られるのは、場合によってはかなりリスキーなことかもしれない。
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