2006/11/4

『シーア派』1  お勧めの1冊

副題「台頭するイスラーム少数派」桜井啓子著、中公新書。2006年10月初版

先月出版されたばかりの新書。先日から読みかけのジル・ケペルの『ジハードとフィトナ』の3回目(!)の貸し出し延長に百道の総合図書館を訪れたところ入り口のところに紹介してあったので即、貸し出し手続きをとった。 これでまたケペルの本はしばらくかかりそうだ。

最初の2章はシーア派に関する中近代史で一気に読めた。 それはこれまで2回程、イスラーム史については勉強する機会があったから。 忘れていることも多かったが問題なく読んでいけたが、ただ基礎知識のない人には最初の2章は辛いかもしれない。 

2回イスラームに嵌った時期というのは、1回目は沿岸戦争のとき。主にイスラーム思想史を中心に学んだ。
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その後、9-11テロのあとまたしばらく嵌ったが、この時は主に政治経済史。
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アプローチの違いは、その間にロマネスク時代(?)があったから。 その過程で、歴史を本当に理解するには宗教史や思想史だけでは駄目で、政治経済史、あるいは風俗史を学ばなければ駄目だとの結論に至ったから。

この本の中で、一番懐かしい言葉がシーア派特有の <イジュティハード> という概念。p43

これはクルアーン(コーラン)と、ムハンマド(マホメット)とイマームの言行を記したハディースを理性を用いて、現代的に解釈する道を開く考え。 論理的推論による法解釈とでも云えばいいのでしょうか? 私は『イジュティハードの門が開かれた(閉ざされた)』という言葉が大変印象に残っていた。

私は勝手に、シーア派はスンニー派に比べ <現代に適応出来る可能性が高い> と考えているが、その根拠がこれ。 大方のマスコミの見方、即ちイスラーム原理主義の温床となっていると見なされているシーア派国家、イランも将来大化けする可能性持っていると考えている根拠でもある。著者も、

『…シーア派の政治運動は、必ずしもイラン型の政教一致体制に収斂するわけではない』p7

と述べられているが、我々はとかく目の前の代表的なシーア派国家であるイランを元にシーア派を考える傾向が高い。 しかし原点に戻り、シーア派の歴史的発展に目をやればまた別の見方も出来るはず。

また著者はシーア派の「心性」について以下の様に述べている。

『(歴史的にみれば)少数派であるシーア派は、(イスラーム世界ではスンニー派に対し)政治的な敗者であった。その為にシーア派は、イマーム達の生涯がそうであったように、正義は自らの側にあると確信しながらも、現世では報いられることはないという思いを共有してきた』p62

とし、それが殉教的奥行為の深層にあるとし、その象徴がカルバラーの悲劇(AD680)だとしている。

また、私はこれまでイランのシーア派と、イラク南部のシーア派を同じ様に今まで考えていたが、著者は対照的だとし、p89  後者は19世紀に入り政治的な理由からスンニー派がシーア派に改教したと説明している。因に彼らはアラビア半島からワッハーブ派による弾圧から逃れる為にイラク南部に移動してきた部族だとも。

最後に、カリブ史との関連(?)で1つ。20世紀初頭に「イラン立憲革命」(1905-11)というのが起こるが、このきっかけというのが、ロシアからの <砂糖の輸入が激変したこと> とか。

てん菜糖製のロシア産砂糖輸入の変化と、カリブのサトウキビ製の砂糖の生産に関係がないはずはなく、 イスラーム革命とキューバの砂糖が何処かでむすびついているはずだとの勘、さてどのくらい当っているか? それは今後の課題。
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