2007/1/31

「非科学的」なことが問題ではなく「捏造」が問題  

昨夜は久しぶりのスポーツクラブで2本もエアロをとってしまった。やり過ぎは故障の原因。自重しなければ! 

このところTangoの特別WSを別に取っていたこともあり、Tango週3回に、Salsa1回で計4回もTIにいく羽目になりご無沙汰続きだったこともある。 月々それなりの会費を納めているわけで、勿体ないこと。これから回数は少なくとも定期的に通いましょう!

健康に関わるTV番組での捏造事件。かねてから <騙される方がおかしい> という過激な考えだから、余り発言すると批判されると思っていたが一言(汗) 周りを見渡せば、あんなものは幾らでも転がっている(断定!)

『EGF含有の化粧品』だの『コラーゲン入り健康食品』
いつから皮膚は蛋白の成長因子EGFを吸収出来るようになったのか? 
腸管はいつから蛋白をそのまま体内に吸収出来るようになったのか? 

基本的には中高生で習う科学の知識で知っておく事柄だが、特に指摘されないまま看板や新聞の広告欄に今でも堂々と載っている。TV局が批判されているのは事実に反することを報道したのが原因ではなく、 ことを『捏造』したことが問題なのだろう。
0

2007/1/30

イスラーム金融&Vista  試行,指向,志向、思考

『国際協力銀行は23日、マレーシア中央銀行と「イスラーム金融」で業務協力する覚書を結んだと発表した』とのこと、ようやく今頃になってとの感じがある。
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/184/trackback
http://www.asahi.com/business/update/0123/142.html

『利息を「不法所得」として禁じるイスラーム法に従って資金取引をするイスラーム金融のノウハウを得て、検討中の「イスラーム債」発行などで原油価格の高騰で膨らむ産油国のオイルマネーの取り込みをめざす』とのことだが、サウジをはじめとするスンニ派産油国とシーア派とのイムラーム世界での覇権闘争ともうまく付き合っていかなければならない。
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/402/trackback
果たして日本の経済人にそれをうまくこなす力量があるかどうか、まずはお手並み拝見。

今日、Wizの新しいOS、Vistaが発売されるとか。 マニアは別として、周囲では歓迎ムードより、また新たなPCを購入しなければならないのかと、戸惑う人の方が多い。数年で買い替えねばならないような今のパソコン市場の方に問題があると感じるのは時代遅れか? 

因にMac Userである私は短くても8年、長い場合は10年以上同じ機種を使用していた。ただ、今やパソコンはNet接続が当然になってきている。いつまでも自分だけ古い機種で済ますわけにはいかなくなったのも事実。頭の痛いとこ。
0

2007/1/29

特許  

随分前に科学技術振興機構(JST)に渡した特許が、先方の権利放棄決定を受けて権利を継承するかどうか問い合わせが来た。2件、それぞれ維持するのに年間10万円ほどかかるとか。 

最初のものは既に8年経ち、市場化とかいうような情勢ではないので個人的には破棄してもよいのだが、結局大学の方で受け取ることにしてもらった。 お金はかかるが大学としては特許の権利を有することは体裁がいいというところか?

一時期は特許とかにも興味があったが、今は誰もが共有できる知的財産の方が大切だと思う
0

2007/1/29

授業のIT化  

昨日はTangoの振替クラスと、Salsaのクラスで午後1日中TIで過ごした。クラスの後で例のようにスターバックスでネットに繋いだがやはり回線速度は非常に遅い。 多分Apple Storeの二階なので回線が混雑しているからだろう。TIに近いので時間の調節には便利だが、接続目的ならシアトルズのよう。

はじめて学生さんからネット経由で質問が来た。 教授就任直後の9月にその為掲示板をネット上に用意していたが、ようやく授業のIT化がはじまったと考えていいのか?

質問をしてきたのは予想通りよく出来る学生、内容も高度なもの。 今後の課題は、特別のケアーが必要だと感じている下から三分の一の学生たち。 彼らにこれが広がっていかないと効果は限定的なのものになるだろう。
0

2007/1/28

昨夜も例のごとくサタデーナイトフィーバー♪  

帰りはTangoショーで興奮気味、しかもワイン2杯ですっかり酔っぱらったC嬢のアッシー。

<説話集>
説話集を昨日話題にしたが、たまたま今読んでいる『快楽の中世史』に聖ペトルス・ダミアニが出てきた。 彼は私の記憶に間違いなければ、クリュニー修道院長で、様々な説話集を編纂した人。確かこのblogでも紹介している『中世のカリスマたち』
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/101/trackback
か『ヨーロッパの知的覚醒』
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/23/trackback
のなかでも重要な脇役として紹介されていたはず。

この本の中では彼が聖職者同士の性的関係(同性愛)を厳しく糾弾した人物として描かれているが、p88 彼は一般大衆の教化に尽力し、その為の聖職者の手引書として説話集を編纂したことが知られている。

つまり、説話集とは基本的にある種のプロパガンダを広める為に作られたものだということができる。それが昔話との大きな違いの1つ。
0

2007/1/27

夜更かしの翌朝の教育番組  

昨夜は例のごとくTango workshopの後で清川のジャンボアフリカにTango系美女、それにフラメンコの女性と行った。二人をそれぞれアッシーして帰ったのが2時過ぎ、このところ睡眠時間が短かったこともあり今朝は遅くまで寝ていた(先週土日試験で休日も無かったしね!)

そんなわけで昼前にようやく職場にGO。その途中ラジオで教育放送(古典の授業)が流れていた。時代は中世、宇治拾遺物語(?)の一節。内容は晩年の源義家と白川上皇の会話。 

<源義家と白川上皇>
前9年、後3年の役で源義家は有名で、これが後の武家社会の興隆のきっかけとなった。しかし当時は武家の地位向上を恐れる白川天皇側から色々な圧力がかけられ彼は苦労したらしい。 その背景にこの短い物語を読み解くと非常に面白く、つい弁当家の駐車場で30分ほど聞き入ってしまった。 両者がその背景を意識しつつも、言葉をぼかして会話する、その意図するところは現代人でも判る。こんなところが我々が中世に惹かれる理由の1つだろう。 遠い存在ではあるが(近代に比べ)それほど無縁でもない(古代に比べ)↓
http://blog.goo.ne.jp/z-__-z/e/785bc5701e30ab76f44bfeae9d39dd10

高校の国語の時間で古典は習い、歴史で日本中世は習う。しかし相互に関わるこのような授業はとても高校レベルでは出来ない。では、大人になれば機会があるかと問えば、ごく一部の者でもなければその機会はない。残念なことだ。 せいぜいこれから教育放送も機会を出来るだけ作って聞こうと思った。

因に宇治拾遺物語は一種の説話集であるが、西欧中世の説話集も一度読んだことがありこれもとても面白い!!

「昔話」が、『むかし、むかし、ある所に…』という具合に場所も時間も特定しないのに対し、「説話」はたとえそれが作り話だとしても時間と場所を特定する(特定しても当時の聞き手には検証不可能だから嘘だとはバレない) 自ずとその持つ意味は違うことを河合隼雄氏の「昔話の深層」で知った。それを意識して説話集と昔話を読み比べると、とても面白いこと請け合いです!!!
0

2007/1/26

はじめてのMars Tango lesson  Tango

以前から噂に聞いていたMARSでのレッスン。夕方にTango系美女のY嬢からメールをもらい、はじめて行くことに。9時頃着いたが、意外なことに男性ばかりで女性が居ない! 肝心のY嬢も突然の残業とかで遅れるとのこと。

教えていただいたNさんは以前から顔なじみ。急遽奥さんを呼び出してレッスンスタート。レッスンでは切り替えのステップが勉強になった。確かに、フロアーでは人が多くて暫く前の組の移動を待つようなこともしばしば、こんなとき方向転換が自在にできればスムーズにいく。

それにしても男性はみな顔なじみ、Salsaからの転向組が多い。 ちょっとしたTangoブーム? 結局Y嬢は残業で疲れ果ててモスバーガーにとのメール。ちょっとまだ習いたかったがお先に失礼してモスへ。 夕食がまだだったこともあって、そこでのチャウダとチリドッグが美味しかった。 今夜はTIでのTango workshop最終日。
0

2007/1/25

『図説 快楽の中世史』  お勧めの1冊

ジャン・ヴェルドン著、原書房、1997年初版。図説シリーズの1巻。別の1巻に読んだことがあるものがある。図説と名付けられているように沢山の挿絵があり飽きない。特にこの巻は「快楽」とあって俗受けもするのではないか? ところで、p38にこのような記載がある。

『…一目惚れは文学上の技巧ではない。パミエの司教ジャック・フルニエの「異端審問録」にはそれを裏付ける証拠があがっている…』

これは当時の中世文学、例えば『薔薇物語』などにしばしば「一目惚れ」ということが記載されていることについてことだが、実はこのパミエの司教ジャック・フルニエ、以前読んだ『モンタイユー』の中心人物である。 ここで指摘されている『異端審問録』はその後フルニエが法王にまで昇進したことで、法王庁に残され、700年後の現代に日の目をみることになる。 

当時の貴族や聖職者の生活は様々な記録に残されている場合があるが、庶民の、しかも下層階級の人々の生活がかいま見られる。 非常に興味深く、貴重な記録。このblogでも数回にわたって紹介したが名著である。 著者の本は他にも2冊程読んだが、これを越えることはない。

『モンタイユー』
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/150/trackback
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/151/trackback
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/152/trackback
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/153/trackback

…それにしても、こんなところで出てくると旧友に出会ったようで嬉しい。

以前、『モンタイユー』の読後感にこんなことを書いている。

『歴史解釈は現代の我々の世界の反映でもあるわけで… 実は古代や中世を学んでいるようで歴史が問題にしているのは『現代』なのだという事を我々は実感する』

その思いは今でも変わらない。
0

2007/1/25

春はあけぼの  

春はあけぼの。やうやうしろくなりゆく 山ぎは、少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。

このところ随分朝日が出るのが早くなった。これまで職場に着く頃は真っ暗だったが今朝などはとても明るい。まだ朝日は山の陰で出ていなかったが、そのうちでしょう。
0

2007/1/24

「記憶力は重要ではない」か?  試行,指向,志向、思考

「記憶力」「論理性」どちらが重要なのか、時々話題になる。 私は記憶力も重要と考える方だが、意外にも『記憶力は重要ではない』と言い切る先輩先生がいて、いつも議論になる。

我々が何かを覚えるとき、電話帳を端から覚えるようなことはしない。それなりの関係性(=論理)をたてて覚えようとするのではないか? つまり<記憶力は論理性の完成度合い>を示すものだと私は思う。 

ではやはり<記憶力=論理力 で結局論理性が重要か? となるとそれも違うと思う。 その場限りの論理はそれ以外の論理と絡み合ってはじめて「記憶」されるというのが私の考え。 だからこそ、海馬に一時的に蓄えられ(すぐ失われ)る、記憶と脳(前頭葉?)の深いところに蓄えられる記憶の違いが出てくるのではないか? 

…それにしても、あの世代(?)は人の意見を聞かない(汗) 妙に自信があるのが不思議だ。「考えが変わらないことが優れている」という思い込みがある。 しかし私に言わせればそれは <脳が退化して、新しい考え方を消化できないから>(冷汗) 脳は常に柔軟でないとね!
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ