2007/1/9

Tango lesson  Tango

ついに週2回とすることに。暫く要領が掴めるまでの期間必要かもしれませんね。思えばサルサも最初暫くは週2回のクラスでしたね。

昨夜は女性が男性の周りをコの字型に移動する練習。 男性は右足をクロスして女性の動きにあわせ体を回転させなければならない。此処で軸足の処理が難しく回転後右足が女性の進路の邪魔にならないように少しトリック(移動)が必要とのことでしたが、これがなかなか難しい。 それに回転の際に軸がブレてしまうのは何が問題なのか、ついに判らないままクラスが終わってしまった。
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2007/1/8

『ジハード』8(最終)  お勧めの1冊

最初は果たして読めるか? と思う程分厚い本であったが結構すんなりいけた。とはいえ実は1ヶ月かかった。 これで邦訳されている分については全て読んだことになる。まだ邦訳されていない『イスラムの郊外』の1日も早い日本語版が待たれる。これは現在300万人にも及ぶと云われるフランス在住のイスラーム教徒(主にマグリブ出身)の問題を取り扱ったものであるが、彼らヨーロッパ在住のイスラーム教徒の未来がひいては全てのイスラーム社会と西欧世界との和解の道を占う試金石であると思われるから。

さて、『ジハード』の中で著者は、

華々しいテロや抵抗運動にも関わらず、イスラーム主義が今や消滅の危機に瀕しているとする。 それはこの運動が政治運動として広範な社会集団をまとめあげることに失敗したからだと。

彼によれば、イスラーム主義運動は2つの集団からなり、1つは敬虔な中産階級と、他方では貧困都市青年層 p491、p518 現在のイスラーム主義運動は彼らを1つにまとめ上げることに成功していないと。 もちろん一時的にイランのイスラーム革命のように一時的に成功したかのように見えたものもある、しかし彼はそれはあくまでホメイニが権力を握るまでの間だと。

彼は指摘する、イスラーム主義的ユートピアが広まったのは、ナショナリズムの道徳的破綻や経済失政といった問題以上に、イスラム世界で抑圧と権威主義がはびこっていたためであるとする p502 しかし、いまだそれに対する解決策は見えていない。

時に私には彼が暗黙の内に、「歴史の終わり」を書いたフランシス・フクシマと同じような考えを持っているかのように感じた。つまりそれは、「イスラームの終わり」を意味する。実際、彼は云う。

『逆説的ではあるが、イスラーム主義を実践することでイスラーム主義を乗り越えていく。すなわち、近代のキリスト教と同じく「宗教の出口となる宗教」と』p501

ではその先にどのようなイスラーム世界に未来はあるのか? 希望はあるのか? という問いに彼は以下のように述べている。

『かつてイスラーム世界はその栄光の時代に、ペルシャ文明とギリシャ文明を融合させ一つのオリジナルな文明を作り上げた』p502 

と述べ、そのような未来にこそ救いがあるという。これは多くのイスラーム研究者、例えば『ギリシャ思想とアラビア文化』の著者である、ディミトリ・グタスなどの指摘するところでもある。 
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/122/trackback

もう1度我々は歴史を思い出す必要があるかもしれない。 例えば、フランス革命。あの革命も多くのテロや虐殺の惨事を引き起こしたが、その理念は現代の民主主義の基盤となったのではないか? もしかするとフランス人である著者の頭のどこかに、この彼の祖先の栄光と悲惨の歴史があるのかもしれない。
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2007/1/8

今年初のミロンガ  Tango

懲りもせずまたミロンガに行ってきました。 一人で行くのは心細いので、あらかじめ同じ初心者仲間(と言っても私より何倍も踊れます)Yさんと、C嬢に連絡して彼女等が既にミロンガにいることを確認の上でのことでした(汗) 

お正月の今年の目標は、「2007年中にフロアーでTangoが踊れるようになる」ということでしたが、ますます暗雲が… クラスを週2にしようか? などと考え中。

だんだんサルサから遠ざかる? いえ、その心配はなさそうです(笑)
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2007/1/7

サルソン& 格差社会、自殺、自爆  試行,指向,志向、思考

昨夜は今年最初のサルソン♪ 最初集まりが悪かったが、そのうちいつものような込み具合。 「今年もよろしく」と年賀の挨拶で始まった。7時から11時まで、まだ余力があったが、C嬢のアッシーとしては眠たそうな彼女をいつまでも待たせるわけにはいかない。 とりあえず快調な滑り出しで今年もサルサな年になりそうである。

今年の朝日新聞の特集記事は「ロストジェネレーション」。これは25-35歳までの所謂「失われた10年」に就職の機会を奪われたグループを対象とした特集である。

これまで身近な、これら世代とつきあった経験で云えば、彼らはそのような社会情勢に対する露な社会批判、あるいは抵抗意識を持たない。むしろ彼らの困窮の一方で「ホリエモン」に代表されるような「勝ち組」に対する親近感を持つ場合が多い。 

「勝ち組」の存在は、彼ら「負け組」の存在あってのことだが、それに対する認識がないのか、あるいは、勝ち負けだから仕方が無いという割り切りなのか、あるいは自分も場合によっては「勝ち組」になるかもしれないとの期待があるのか、兎に角ものわかりがいい。

たまたま、一昨日の朝日新聞に「読み解く世界情勢」でイスラーム研究家、酒井啓子氏が「中東に欠如する視線」と題してコラムを書かれていた、その中で女史は際限なく分断と内部対立が深まる一方で、カタールで昨年開かれたアジア大会を比較する。
石油の富みの上に築かれた超モダンな建設物、まさに砂上の楼閣! 

その成果はともかく、かつて「イスラームの大義」のもと石油産出国もイスラーム世界に対する連帯意識があった時代があった。しかし今の情勢は、

『持てる国は持てるまま、持てない国は持てないままそのまま貧しく崩壊していく』 
として、

『日本の格差社会の抱える自殺と、中東の格差社会抱える自爆は、案外同根かもしれない』

と述べられていたがが、まことに同感。
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2007/1/6

昨夜はTango Work shop  Tango

全レベル対象ということで参加したら、上級者の方がほとんどで、その中に入門者1名。しかも男性二名のうちの一人ということで、申し訳ないことをしました m(_ _;;m もちろん皆様からはよくして貰えました。感謝、感謝です。

Work shopのタイトルは「OCHO CORTADO」。 昨夜は女性の動きを上体全体で補助するという動作を練習しました。なんてことなさそうな動きですが、ぎこちない。何度も繰り返すうちに、だんだんむしろ判らなくなるのはどうしたことでしょう?? それに、段々前屈みになり何度も注意されました。 フロアーで踊れるようになるのが今年の目標でしたが、既に暗雲が…
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2007/1/5

『ジハード』7  お勧めの1冊

<第13章「欧米におけるジハードとウサマビンラーディン」>
著者は述べる、『1993年2月の世界貿易センタービルへのテロからはじまり、2001年のツインタワービル破壊は全て一続きの連続体を形成しており、ひとつの厳密な論理の産物だとする』 しかしこの作戦、すなわちアメリカ国民の生命を人質にしてワシントンに政策変更させ、サウジ王朝を保護しているアメリカの半島への軍事プレゼンスを終わらせようとする戦略は、p432 結局その意図するところとは反対の結果をもたらした。欧米諸国のイスラーム主義運動に対する態度を変更させることはなく、むしろ逆に敵意を強めただけだと。p400

<ユダヤ陰謀説について>
よく云われる説である、私個人的にはあまりにも突飛としか言いようがない。おそらくスパイ小説の読み過ぎだろう。しかし全く根拠がないわけではない。事実ウサマビンラーディンがアフガニスタンでのジハードを通じてCIAと関係を持っていたことは周知の事実である。著者もこのように述べる。

『このテログループはサウジアラビアの機関ともアメリカの諜報機関とも繋がっていたが、この事が「陰謀史観」への根強強い信奉者がいる理由だと。しかしこの関係は90年の沿岸戦争を期に反転した』とも、p421

<イラクのフセイン大統領との関係について>
ウサマビンラーディン自身、90年の時点でこの世俗主義的「背教者」フセインに対して、サウジアラビアのファサド国王に国境防衛の為に彼の「データーベース」に登録されたジハード戦士の協力を申し出たほど。p424
  …だとすると、ブッシュ大統領が最初に述べたような、<ウサマビンラーディンとフセインの共闘>などは考えられないこと。何故なら、同盟者サウジアラビアのファサド国王からその情報はブッシュにも入っていたはず。 だとすると何故ブッシュ大統領は当初ウサマビンラーディンとフセインの共闘を掲げたのか? 

これについて著者は、単にフセインを排除するだけでなく、湾岸地域での同盟関係を定義しなおすことを狙っていた。 すなわち、リヤードの君主制に対する警戒心である、と。p434  このことはおそらく湾岸地区に民主主義を根付かせることを意味するのであろうが、現在の中東情勢をみる限りこの狙いは成功していない。

<追記:この本を読んで判ったこと>
1)よく云われるフランスの「郊外問題」、あるいは「ブール」(=アラブを逆さに呼んだもの)問題はまさにこれらジハード主義者を含むイスラーム主義者に関わる問題だったことを知る。p423

2)アルカイダとはアラビア語で「基地」だということは知っていたが、正確な意味はデーターベースの意味であることを今回知った。即ち、「ジハード主義者」及びその志願兵をウサマビンラーディンがリストアップした電子ファイルからきた言葉とは! p424
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2007/1/4

G4クラッシュその後  

G4のHDの交換は幸いアップルケアーで一銭も出費せずに済んだが、付随する新たな問題が出てきた。 実は様々なアプリケーションソフトは以前使用していたデスクトップと共有していて1台・1アプリというわけではなかった。 当時はあまり考えなかったが、今はもはや1つのアプリを複数のパソに入れる時代ではない。ChemDrawをのぞく5本のアプリをこの際まとめて購入する羽目になった。

AdobeのPhotoshop, IllustratorそれにFileMakerPro, NortonのAntivirusのMac用、Wiz用。 Wizマシーンは当初Netに接続する予定がなかったが、今回みたいなことがあればいつ何時接続する必要が出てくるかもしれない。そのときAntivirusなしでは危ない。今後とも繋ぐ予定はないので(IPアドレスも1つしかない)少々無駄な気もするがここは安全第一。しめて113,800円となりかなりの出費。
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2007/1/3

初出勤  

元旦だけ休むつもりでいたが、大晦日明け方近くまでフィーバーした影響で元旦は1日潰れ、その影響もあり3日が初仕事。 職場は閑散としているが(多分この階に誰もいない)こんな雰囲気で仕事をスタートするのにいつも妙な快感を感じている。結構仕事人間か? いや単なる天の邪鬼? 

休みは『ジハード』を完読するつもりでいたが数ページしか読めなかった、どうも寸暇を惜しんで読む習慣が身について、わざわざ時間をとっての読書は駄目のようである。困ったもの。
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2007/1/2

『ジハード』5  お勧めの1冊

<ホメイニの成功とアルジェリアの失敗>
ホメイニが権力を確かなものに出来たのは、彼が権力を手にするまで、世俗主義を含めさまざまな宗教的傾向の運動を1つにまとめる能力を持っていたからであり、そのために彼は俗的な知識人の思想すら受け入れた。
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/379/trackback
運動の共有点はただ1つ、国王に対する嫌悪だけであり、各人はその運動に対する各個人の政治的幻想を投影していた。しかしそれが幻想であることを教えてくれるものは誰もいなかった、権力の収奪が終わって、粛清の時がくるまでは。p156

1989年2400万のアルジェリア国民のうち40%が15歳以下で都市人口は50%を超え、やがて彼らが中等教育を終えるころ、失業率は1995年に28%まで上昇した。P220 これが革命を引き起こす原動力となったが、イランのホメイニのような国民を総動員するイデオログーの出現は無かった。

『もう一度確認しておこう、スーダンで起こるのはクーデターであり、革命ではない』p246 ここはトッドと同じ考えである。先の読み方は足らなかったみたいである。
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/345/trackback
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2007/1/2

『ジハード』6  お勧めの1冊

八章の『イスラムの地としてのヨーロッパ』で、

『法学説では、ファトアは「イスラムの地」の外では有効性を持たない』p257 その地に対してホメイニが背教者として「悪魔の詩」の著者であるイギリス人ラシュディーに対して死刑を宣告するファトアを出したということは彼がヨーロッパを意識的か無意識的かは別にしてイスラムの地=ダール・アル・イスラームとしたことを意味する。P257

ここからヨーロッパの苦難が始まる。
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