2007/1/27

夜更かしの翌朝の教育番組  

昨夜は例のごとくTango workshopの後で清川のジャンボアフリカにTango系美女、それにフラメンコの女性と行った。二人をそれぞれアッシーして帰ったのが2時過ぎ、このところ睡眠時間が短かったこともあり今朝は遅くまで寝ていた(先週土日試験で休日も無かったしね!)

そんなわけで昼前にようやく職場にGO。その途中ラジオで教育放送(古典の授業)が流れていた。時代は中世、宇治拾遺物語(?)の一節。内容は晩年の源義家と白川上皇の会話。 

<源義家と白川上皇>
前9年、後3年の役で源義家は有名で、これが後の武家社会の興隆のきっかけとなった。しかし当時は武家の地位向上を恐れる白川天皇側から色々な圧力がかけられ彼は苦労したらしい。 その背景にこの短い物語を読み解くと非常に面白く、つい弁当家の駐車場で30分ほど聞き入ってしまった。 両者がその背景を意識しつつも、言葉をぼかして会話する、その意図するところは現代人でも判る。こんなところが我々が中世に惹かれる理由の1つだろう。 遠い存在ではあるが(近代に比べ)それほど無縁でもない(古代に比べ)↓
http://blog.goo.ne.jp/z-__-z/e/785bc5701e30ab76f44bfeae9d39dd10

高校の国語の時間で古典は習い、歴史で日本中世は習う。しかし相互に関わるこのような授業はとても高校レベルでは出来ない。では、大人になれば機会があるかと問えば、ごく一部の者でもなければその機会はない。残念なことだ。 せいぜいこれから教育放送も機会を出来るだけ作って聞こうと思った。

因に宇治拾遺物語は一種の説話集であるが、西欧中世の説話集も一度読んだことがありこれもとても面白い!!

「昔話」が、『むかし、むかし、ある所に…』という具合に場所も時間も特定しないのに対し、「説話」はたとえそれが作り話だとしても時間と場所を特定する(特定しても当時の聞き手には検証不可能だから嘘だとはバレない) 自ずとその持つ意味は違うことを河合隼雄氏の「昔話の深層」で知った。それを意識して説話集と昔話を読み比べると、とても面白いこと請け合いです!!!
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