2007/9/30

昨夜のSalson & テロ特措新法  試行,指向,志向、思考

昨夜のSalsonは物足らなかった。理通は単純、何時もはまずエアロビクスを1本してから、7時半くらいにサンチョに出かけ帰宅は12時頃、先週のようにそれからワンに移動することもある。ところが昨夜はエアロもしなかったし、サンチョに行ったのも10時頃。 サンチョを出たのは12時半頃だったが、途中レゲトンとかが流れたので実質2時間も踊っていない。

<テロ特措新法>
今朝のTVで政治討論を聞きながら、今度のテロ特措法について考える。 結論から言えば、私は新法での対応に賛成である。

まず、現法はもう3回、6年も延長している。時限法としてはもう限界だろう。際限なく延長が続けば時限法の意味はない。第一情勢も当時から大きく変わっている。政府が根拠とする国連決議は9-11の翌日、2001,9-12時点のこと。まだイラク戦争はもとよりアフガン戦争すらはじまっていない。

時々我々は歴史を見るとき時間軸で考えることを忘れてしまう。現代史の場合は『時として時間軸を外して考えることが大切』 だと述べたことがあるが、
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この場合時間軸を忘れた議論が巷に氾濫しているのでここは時間軸を意識しよう。 

細かく云えば、確かにあの特措法の範囲はイラク戦争とは無関係であるが。 アフガンでの戦闘は微妙な関係にある。 何故なら当時アフガンはアルカイダを公然と匿うタリバンが実行支配していたことを思い出すべきである。 したがって例え自衛隊はアフガンでの直接戦闘に参加してはいけないとしても、テロとの戦いという範疇でアフガンでの作戦の支援も必要に応じて認めるべきだというのが私の立場。

しかしそれから事態は大きく推移しとりわけ愚かなイラク戦争がはじまった。 その時点で時限法は時間切れとし、新たな特措法あるいはそれに変わるものを打ち立てるべきだったというのが私の立場。その意味でいまの政府の方針はある程度支持出来ると思う。
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2007/9/29

風呂に入らない温泉大好き人間?  

或る人のblogを読んで気がついた。私は自宅の風呂にほとんど入ったことがない、毎日シャワーだけ。
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これでも温泉大好き人間なのだ。それはカルフォルニア温泉巡りで学位が貰えるくらい頑張ったことでも判ると思うが…
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思うにアメリカ生活でこの習慣が身に付いたと思う、だから帰国後すぐ自宅を新築することを決めたとき数少ない条件の1つが2階にもシャワールームを設置することだった。ちなみ現在1階のシャワー付きお風呂は全然使用していない。

庭の彼岸花が咲き始めた、これをみると秋が来たことを感じる。

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2007/9/28

『魔女狩りという狂気』4  お勧めの1冊

この本の中で一番の注目すべきは最後の章で。これまでの魔女関連の書籍には見られない分析が展開される。 結論から云えば賛否両論だろう。 著者は魔女狩りと大陸植民地=アフリカ西海岸における奴隷制度の成立に関連があると述べる。 それは平行して起こったとも、p285 『魔女とインディオはヨーロッパ人の男性たちの目からみれば、多くの特徴を共有した呪われた存在だった』とも述べる。 p291 

しかし、それはちょっと違うのではないかと私は思う。 少なくとも私の読んだ関係書籍にはそのような記載は見たことが無い。インディオはむしろ無垢な存在として司教(例えばラス・カラス)や宣教師が貪欲な侵略者から守ろうとした事例の方が多い。
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また時代的にも魔女狩りと奴隷制度は1世紀以上ずれるのではないか? たしかに魔女狩りの時代に新大陸は侵略され続けていた。しかし奴隷制度が最盛期を迎えるのは『砂糖大国キューバの形成』『キューバ経済史』などで見てきたように18〜19世紀である。
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これは著者が魔女狩りの最盛期として述べた16世紀後半から17世紀前半より1世紀以上ずれる。

たしかに19世紀に奴隷制度は廃止された。 それは事実だが、実際には奴隷制度最盛期にその時を迎えたと云う方が正確だし、制度が廃止されたことと奴隷が無くなったこととは同義ではない。 

あるいは、キューバは特別で、どこより遅く奴隷制度が導入されたのではないかとの指摘もあるかもしれない。 それも事実である。しかしそれでもキューバが典型的な奴隷制度国家であったことには間違いない。米国ではさらにそれが遅れることになる。

さらに訳者も指摘しているが、奴隷制度を導入したのはスペインであり魔女狩りの盛んなドイツではない。むしろ著者も述べているようにイベリア半島では酸鼻を極める魔女狩りは起こっていない。P312

最後に1つだけ、著者のまなざしを象徴するものとして、彼女は魔女狩りとアルゼンチンにおける独裁軍事政権による虐殺を同一視する。これも異論があるところだろうが、彼女の志向が私自身の歴史に対する志向と重なるところがあるのも感じる。歴史を学ぶことは決して過去のことを学ぶのではなく現代を知る為に学ぶという意味において。

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2007/9/28

今朝のニュースから  教育

今朝のニュースで射殺されたとされる日本人ジャーナリストの写真をみた。 それが本当にその人だとすれなら、倒れながらもしっかりカメラを守って持ち上げている。 心臓を貫通したとのことなので瀕死の状態なはず、ジャーナリスト魂をみる思い。 

それにしても横に銃を構えた兵士が狙いを定めている。 至近距離からの銃撃であれば、あれが『流れ弾』であるはずはない。 アフガニスタンもスーダンもそしてミャンマーも資源のない国はどんなに無法な権力が政権を持ていても国際社会から無視される。 あの9-11が無かったらアフガニスタンも歴史の表舞台には現れなかっただろう。 この点については『タリバン』に詳しい。
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今度の文科相はバウチャー制に否定的だそうだ、曰く 『市場原理の導入は教育にはなじまない』 とか、まことに同感である。この点については以前述べたとおり、
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『美しい日本』とかお題目だけで、教育現場の実体を知らない先のおぼつちゃん首相の思いつきは早く保古にした方がいい。 

今旧帝大医学部や東大に行く学生の家庭の年収は国民平均年収を遥かに上回っていることは周知の事実である。 どんなに家庭が貧しくても能力と努力さえすれば一流の教育を受けられる社会こそ我々は目標にすべき。
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2007/9/27

バリーダ  Tango

今朝のニュースから。 GMのストが収まったが、労使交渉で退職者に対する企業の医療保険給付の免除が合意されたとか。アメリカの労働者はお気の毒と云う他ない。 しかしこれが国際標準になれば次は日本? ところでこのニュースは今朝のラジオで聞いたがネット上には調べた限り何処にも報道されていない。

ミャンマー情勢は緊迫の度合いを深めている。独裁軍事政権があれだけ長く続くというのもこの時代不思議な感じがする。しかもどの国も(とりわけ民主主義の美旗を掲げる合衆国)これに対し有効な対策を打てない、いや正確に云えば「打たない」のはやはりミュンマーに資源がないからでしょう。もし石油でも出ていたら結果は違っていたはず。 同じことは虐殺が続くスーダンでも云える。

Tango
<バリーダ>
女性の足を箒で掃く(バリー)ように移動させる。この時軸足はフレッスして、大きく足を移動させると見栄えが良い。
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2007/9/26

策士、策に溺れる  Tango

清々しい朝、また夜明け前の49号線をひた走る季節になった。画像は今朝の風景。
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今朝の『ビジネス展望』で慶応の金子氏も例のサブプライムローンの話だった。取り立てての内容はないが、彼もこの危機が不動産バブルと金融バブルのダブルバブルだと指摘し、後者は元々リスクを回避する手法がむしろリスクを隠すことになり、虚構経済危機が実体経済危機を引き起こしたと指摘する。「策士策に溺れる」のよい例だろう。 

いま、この状況下、行きどころを失ったマネーは資源、とりわけ原油に流れているので原油高=インフレを引き起こしそうだとの指摘。 

思うに、中東はトホホのブッシュさんのお陰で泥沼化し。金融資本主義の破綻でマネーは一転、資源志向が進んだ。 最近のバイオエネルギーに対する唐突な注目もこの流れを考えると納得いく。特にエコの思想が広まったわけでもない。ま、これを契機に… とpositive に考えることも出来ないわけではないが、ちょっとね〜 m(_ _;;m

<月曜Tangoクラスの復習>
左足横、女性をピボットさせて
左足左斜め前(1)。 女性をさらにピボットさせて右足右斜め前(2)
左足左斜め前(3)。 女性をさらにピボットさせて右足右斜め前(4)
女性を前のオーチョにリードして同時に右足でサカーダ
さらに女性を前のオーチョにリードして左足でサカーダ

<逆バージョン>
右足横、女性をピボットさせて
右足右斜め前… (1)〜(4)
左足サカーダ、右足サカーダ
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2007/9/25

<難しい回転技>  Tango

今朝の『ビジネス展望』で評論家の内橋氏は今度の福田内閣に谷垣氏が重要なポストを得たことに政治の潮流が変った兆しだと述べられた。

1年前、私は谷垣路線がこれから必要だと述べ。当時総裁候補第一番だった安倍さんが俄に掲げた『敗者復活の出来る社会』のお題目に多少の不信感を述べたがその後の経過を見ればその予感は当たったと云える。
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/249/trackback

また当時、『日本は元々敗者復活の機会を与えない社会、それをそのままにしておいて、さらにアメリカ的な競争原理だけを導入したツケが今後じわじわとボデーブローのように効き始めるだろう』とも述べたが、その予想は以外に早く現実のものとなった。
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/245/trackback

自分の考えをblogの形でその時、その時に固定化することは大切。例えその過去の自分の考えが間違っていたとしても、恥じることはない、その間違いを認識し、訂正することにこそ意義がある。 自分の考えが変化していることすら気がつかないことの方が問題だろう。 それに、昨日も述べたように、過去の自分は現在の自分とは他人であると考えれば気が楽になるもの(笑)

さて、話題をもとにもどし、今後本当に新自由主義経済がこれから転換するかだが、まだまだその信奉者がいるのも事実。今後の推移に注目しましょう。

<難しい回転技>
左脚横、右足踏み込み
身体を反時計回りに開きながら女性をリードして、同時に左脚で勢いをつけサカーダ
両足揃えて(ただし右足左脚の後ろ)つま先でピボット(これが難しい)
左脚勢いをつけ反時計回りに回転し女性の前に遮る様におく。
女性男性の左脚を乗り越える

写真は残暑厳しい、祝日の居間

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2007/9/24

次の首相 & 人は変わるか  試行,指向,志向、思考

庭の落ち葉がひどい。
紅葉も今年はあまり綺麗ではないやはり残暑のせいだろう。

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福田さんが自民党総裁、すなわち次の首相(明日正式に指名される)となった。 よく云えば自民党のバランス感覚、悪く云えば今の首相にうんざりした結果だろう。 日曜のTV特番でインタヴューに答えていた福田氏を見たが、確かに安定感はありそうである。 年齢的には父親と同様72歳とそれなりだが、国会議員には平成2年からとか。 親子2代の首相で典型的な「お坊ちゃん」だが、先の人ほど感じない。 此処は先の教訓を思い出そう。
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/721/trackback
「お坊ちゃん宰相」が悪いわけでも、「お友達内閣」が悪いわけでもない。悪いのはお坊ちゃんのように庶民の立場や苦境が判らないからであり、お友達の不祥事にきちんとした対応が出来なかったことである。

また一方で元の自民党の体質を引き継いでいるという批判もある。 しかし首相としての力量はこれから。それを見てからでも批判は何時でもできる。 

<人は変わるか>
結論から言えば人は変わる。というか、本質的に人は常に変わっている。 理屈を言おう。

まず人の身体の70%を占めるのは水、それ以外のものも新陳代謝があるので物質的に1年も経てばほとんど全ての身体を構成する原子は変わってしまう。 それにも関わらず人が変わらないというというならば物質的なものとは異なる理由を考えなければならない。

1年たっても容貌に大きな変化が認められないのは遺伝子(これも常に物質的なものは変化しているが、情報とその発現様式は保存される) の情報に従って身体が同じように再構成され続けるからだ。 もし身体を構成する全ての分子・原子が変わってしまっても変わらない自己があるとするならそれはこの「情報」のせいというべきだろう。

このような事を言うと 『それは屁理屈だ』 と馬鹿にされる。 だからこの事はこれ以上述べない。 理屈止めれば、後は信念を語るしかない。 

人は「変わる」と思わなければ「変われない」。 逆に「人は変わらない」と思えば、その人は「変わらない」。 

「情報」は変えれば変わるし、保存しようとすれば保存することもできるというのと同じだ。こんなことを今日書いたのは、『未来の自分は、今の自分からすれば他人」と書いた先日の記事がきっかけ。
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/753/trackback
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2007/9/23

狭い世界 & Salson > One  salsa


昨夜はサルソンからOneに流れ、帰宅したのはまたもや3時過ぎ。11時頃には脚がボロボロ状態で、とてもワンにいく元気はなかったが、成り行き上… しかし向こうに行くと上手な人がいて急に元気になって踊りまくり(汗)  最後は「そろそろ帰りましょうか?」とアッシー仲間に促されての状態。 今朝は特に後遺症もないところをみると心身ともに楽しんだ?

Salsonで余り踊ったことのない人から「Q大の教授なんですてね!?」と聞かれた。 <Q大の>ではなかったのでぎこちなく否定。 Oneでは、はじめての人から「Tangoやられているそうですね」とも。 狭い世界、迂闊な事はできません(汗) 

それにしても昨夜は思いのほか楽しめた。これから少し遅く、Salsonに登場し、余力を残して、レゲトンの曲がかかる11時過ぎから、Oneに移動するというのもいいかもしれない♪
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2007/9/22

web log = blog = be log  試行,指向,志向、思考

<ある人のblog記事を読んで>
blogには2つの意味があると思っている。1つは web log、これは公開が基本であり、不特定多数の読者を覚悟しなければならない。そして当然のことながら全ての人が善意の人ではない。 もう1つはbe logであり、これは自分自身を対象とする。 日記と同じとも云える、ただしこの場合の自分自身は未来の自分であり、今の自分からすれば他人とも云える。 

これまで日記をつける習慣がなかった者としてはweb logをはじめたことがbe logが続けられるきっかけとなった。 私はbe logは非公開設定にしているが、私にとってはとても意味のあること。

昨夜もいつものように12時過ぎまでHで踊り狂った。その後、これまたいつものようにサルサ友のアッシー。 到着後も会話が終わらない… 結局1時間近く家の前で駐車して悩みを聞いてあげる。

皆それぞれ、色々な悩みを持って生きている。それが普通だと思う。
Forget your troubles and dance
Forget your sorrows and dance
Forget your sickness and dance
Forget your weakness and dance

From “Them Belly Full (But we hungry)” by Bob Marley
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