2008/6/8

「イスラーム哲学」2  お勧めの1冊

昨夜のSalsonではよく踊った、いや〜満足しました。それほど人が多くなかったのでちょうどいい集まりだった、それでも何度もぶつかりながら踊りましたが。

ただ、見慣れない人たちがジョッキ片手に踊っていて、あぶないな〜と思っていたら案の定フロアーにビールをぶちまけた。しかし気にすることもない。しばらくサンチョの人が注意するかも思ったがそのうち別の人物もジュースの瓶を持ち出し踊りだした。流石にみかねて個人的に注意した。 

誰でもそんな役回りはしたくない。しかしフロアーが濡れると非常に危険、ダンスする人間はすぐ気づくはず。誰かが教育しないといけないが誰しも最近トラブルを避けたがる傾向があるのは残念。 

今朝の「報道2001」でも後期高齢者医療制度についての話題。これらが小泉改革で行われたことを取り上げ、その批判が出ていたが、小泉改革は時代の要請であったと思うし、それなりの必要な小泉改革だったと思う。 問題点は改良すればよい。彼は転換期の人。

「イスラーム哲学」2
『…アリストテレスの思想の摂取によってギリシャ的哲学が興隆し、イスラーム文化の知的論理化に大きな貢献を果たしたことは周知のことである。…一時は隆盛を極めたこれらの流派(キンディー、ファラービー、イブン・シーナ、イブン・ルシュド)が存続したならば、イスラーム世界の歴史は大きく異なっていたであろう。P472

確かにその通りである。バーナード、ルイスは『イスラム世界はなぜ没落したか?』でこの文化が停滞した理由をイスラーム文化が外からの文化を取り込むことを止めたことが原因だと述べている。
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2008/6/8

サンチアゴ巡礼路:El camino de Santiago  

TIでイシ先生がサンチアゴ巡礼路についての話を聞く。新たに知り驚いたことは、この巡礼路が。レキンコスタが終了した後、14世紀に廃れその後復活したのは実は20世紀、しかも70年度からであること。

何と1970年には68人しか巡礼者がいなかったのが、2007年にはその1000倍以上の、114,026人にものぼる。これが何の理由によるのか、イシ先生は人々の自然回帰志向と述べられたが、どうも納得いかない。これは今後の課題。 

また小ピークがあるのはお祭りのせい。特に1992年にガイシア州政府が大々的ばキャンペーンをしたことで増倍した。これは多分、巡礼者が段々増えたことが動機になっているのだろう。キャンペーンを進めた理由だろう。

1970年からのこの変化の理由が知りたい。

その他、新たに知ったこととして、フランスの有名な3つの巡礼路(パリ、ベズレー、ル・ピュイ発)それに「アルルからの道」を含めた4つの道、その他、「銀の道」とよばれる、ポルトガルの道がある。これは太平洋岸の道。 100キロ以上徒歩、あるいは200キロ以上、自転車、ロバで巡礼路を歩けば巡礼証明書が出る。サンチアゴに巡礼した後、「身を清める儀式」が必要で、これで贖罪が終了する。その場所は決まっていてその場所がLangosteiraそれで貝殻が巡礼証明となる。
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