2008/6/13

何故、狂気や凄惨な事件報道から避けるようにしているかについて  

先ほど書き込んだ「9-11の教訓」について一言。当時の記録はログからは削除(誹謗中傷ということで)されているが、前後の書き込みで雰囲気は判るかもしれない。 (9-20書き込み)
http://www.greengrape.net/bbs/rbbs_2001_1208.html

ただ弁解するならば、9-11直後の考えと今の考えに大きな違いはない。 あの時、私はこのように述べた。

『あのテロを、「アメリカの力に反対する人が居て、これに対抗する手段として、テロルがあった」という図式で捉えると、これはもうアメリカを代表する世界と、虐げられたイスラム世界の衝突の図式に結びつきます。 この『文明の衝突』の図式だけはどうしても避けなければならない。 ですから何としてもあのテロは純粋に「犯罪」でなければならない。「犯罪」としてイスラム世界から切り離さなければならないというところに落ち着きました。 そうしなければ、テロリストの思う壷にはまると思うのです。』

その後の事態はまさに最悪のケース、親米派も反米派もテロリストの思う壷に嵌るわけです。 残念なことです。 

毎回、毎回あの飛行機がビルに激突するシーンが放映されると、人は冷静さを失い。恐怖や怒りに適切な判断が出来なくなってしまう。 そのことはその後のアフガン戦争へ(ここまでは仕方なかったと思うが) そして愚かなイラク戦争に走らせる結果になったと思うから。
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2008/6/13

木曜初級クラス & 9-11の教訓  salsa

昨夜は振替ではじめて木曜7-30PMのサルサクラスに出た。女性ばかりのクラスでペアはなし、そのせいかずーと激しい動きばかりだった。ステップは問題なかったが流石に疲れた。初級のクラスなのについて行くのがやっとだった。う〜ん、そろそろメタボ危険信号か(汗)

9-11の教訓から、あのような事件が起こると、それに関する報道から出来るだけ離れるようにしている。
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/1077/trackback

というのも、9-11の時はかなり心理的なダメージを受け、いいことはなかったから。 事件の狂気さや悲惨さから距離を置かないと、物事を冷静に見ることが出来ない、とそれ以来思うようになった。

…とはいえ、ある時点で、秋葉原の事件についても何を思ったかを纏めてみるのも意味があるかもしれない。

先日の秋葉原の事件から思うに、殺傷能力の高いナイフが誰でも簡単に手に入る状況を改めた方がいいと感じている。 以前、銃に関して述べた時に「ナイフにはそれほどの殺傷能力がない」としたが、これは私の無知だったようだ。
http://diary.jp.aol.com/applet/salsa2001/857/trackback

事件に使われたナイフ、ダガーナイフはサバイバルナイフや刺身包丁と機能的にもかなり違うらしい。報道によれば、

『今回の事件で使われたダガーナイフは殺傷能力が高く、人を刺す武器として作られている。短時間に連続して人を殺すことができる…』とされている。
http://www2.asahi.com/special2/080609/TKY200806100127.html

「ダガーナイフがなくても刺身包丁を入手できる、規制は無意味だ」との意見もそれなりに理屈が通っている。 しかしアメリカのように銃が自由に手に入る社会との比較でみれば、どうも殺傷能力の高い武器の流通の度合いと殺人の発生率には相関があるようだ。

要は結果が全て。相関があるようであれば規制した方がいい。日本には「刀狩り」の伝統がある。 そのことで日本の江戸時代が比較的平和な時代だったとするなら、ここはそれに習った方がいい。

今朝のニュースによれば、ダガーナイフの生産と輸入中止になったらしい。反論は出てくるだろうが、私は適切な処置だと思う。
http://www.excite.co.jp/News/society/20080612150000/20080612E40.071.html
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