2008/6/15

「西欧中世の民衆信仰」2  お勧めの1冊

金曜ONEの物足りなさを解消するようにSalsonはNo Stop。

とはいえ、そこはパチャンガですからショーが入ります。実質3時間程度でしょうか、それでも11時も過ぎると身体に切れがなくなり足の裏が痛くなり(膝はOK)12時に帰宅、そこそこ満足。

「西欧中世の民衆信仰」2
この本を読みながら中世後期の異端の勃発にそれまでの初期の異端と異なる状況であったことが判る。そして教会はそのことにどのように対応するのか迷っていたことも判る。それはこの現象が以下のようなものであったから。

『ここで中世後期の異端者たちを考えてみるに、興味深いのは疑いもなく彼らが民衆の信仰に結びついていることです』p134

『同一の要請が時に異端現象としてあらわれることもあり、正統のうちに残りつづけることも(フランチェスコ派をさすのか?)、異端と化す(ワルド派か?)こともあり得たのです。』p164

『宗教諸現象がエリートのものであることをやめ、社会全体に拡大した時期を状況は10世紀末から11世紀の民衆の増加に拍車をかけられるように変化した。』p248

つまり、異端とは歴史的必然だとも思えるからだ。これを中世初期にみられた現象と比較すると判るだろう。7世紀初頭インフランドでは観察されたものに対しては教会は柔軟に対応しているのも判る。

大グレゴリウスはアングル族を改宗させるため教皇からイングランドへ派遣された修道士アウグスティヌスへ601年に以下のメッセージを伝える。

『異教の神殿は破壊されてはならない、ただそこにある偶像神像をのみ破壊するように…』p223
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ