2008/6/20

『古代を考える:継体・欽明朝と仏教伝来』2  お勧めの1冊

今朝は目覚ましをかけ忘れていたので何時もより20分遅れで起床。 それでも朝食を摂りつつ洗濯をし、シャワーを浴びる通常の日課をテキパキとした結果いつもより数分遅れで職場に到着、駐車場は一番乗りでベストスポットを確保♪

職場のエコがようやく動きだした。何しろCO2ベースにして去年1年間で5%増大しているのを、今度年1%の割合で減らすというもの。つまり今年より6%減、これは簡単ではないはずだが、とりあえず、夜8時以降、エレべーターが使えなくなるということは留意しなければ、最上階近くにいる者にとってはこれは大きい(汗)

『古代を考える:継体・欽明朝と仏教伝来』2
ミヤケ=屯倉=官家。
糟屋郡に住むものにとって筑紫の磐井が破れたのち、大和王権に献上されたという、糟屋屯倉の存在は以前から気になる存在であった。この本の中に、屯倉については詳しい記載があった。

『ここで「屯倉」ではなく「官家」という字が使われているのは、東国に置かれたミヤケには倉の性格が希薄で、ヤマト王権が支配の為に置いた政治的拠点としての性格が濃厚であったことによるものである…』p83

つまり逆に言えば、糟屋屯倉は穀物貯蔵庫としての意味が濃厚であったということ。だろう、しかし糟屋屯倉の存在価値はそれだけではない。何故なら、

『(磐井の本拠地は、後の筑後国の筑後川沿いのあったにも関わらず)糟屋屯倉は、そこ(筑後川沿い)から離れた博多湾に面した筑前の国糟屋郡に置かれたのであり、磐井の子で国造となった葛子を支配(監視)する為のものとしては、その位置がやや不審になる』p86

そこから著者は、糟屋屯倉は磐井の乱の背景に朝鮮半島との関係があったことからすれば、それは対外拠点としての意味があったと述べる。

それはそうだろう。
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