2009/9/21

戦後の日本と中国  試行,指向,志向、思考

先の学会では中国の招待講演者のお世話をした。 3日間一緒だったので公私にわたり色々話をした。

仕事関係では来月に院生をこちらに出向させたいとのこと。 その手続きを急ぐ必要がある。

私的な会話で面白い話をされた。 その先生が高校を卒業したのが1977年、まさに文革が終わった年。 約半年間何もすることがなく杭州の田舎でブラブラしていたそうだ。 そして大学が漸く再開され受験することになった。 受験者数2000万人、桁が違う! あまりの受験者の多さに2回に分けて試験が行われ、受験者の中には15歳も年上の人も含まれていたとか。 悲劇の「大躍進」に続く文革10年間の空白。

結果30万人が合格。500人の同級生の内受かったのは彼1人。 
ちなみに現在中国の大学卒業生の数は700万人。20倍以上に膨れ上がり就職難となっている。
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それはさておき、彼が合格通知をみてまず思ったのは「残念」だったとか。 何故なら、成績順で大学・学部が振り分けられる為に彼が合格したのは医学部。 彼は数学が得意だったので、そちらに行きたかったとか。 勿論今となっては医学でよかったと思っている。

それにしても文革が終わった年に高校卒業し、特に時間をロスすることなく進学出来たのは幸運と云うほかない。 私の数少ないもう一人の中国の友人であるMさんは10年以上の「外放」を経験し、大学院で日本に来た時には40歳になっていた。 勿論それでも「外放」経験者が都市に戻れたのは幸運なこと、しかも彼は海外に留学出来た。 まさに幸運中の幸運ではあるのだが…

日本人は半世紀、戦争も内戦も、飢餓もなく平穏に生活してきた。 それは世界の中では比較的稀なこと。 それに気がつかない人は多い。 Mixiの以下の話題をみて思ったこと。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1285159824&owner_id=17314025
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2009/9/21

現代史の難しさ  試行,指向,志向、思考

先日から『上海史』を読み出し、今、大躍進や文革のところにさしかかっている。 これまで読んだ本や映画(DVD)の殆どがこれらをNegative 評価している。唯一、日本人の書いた『中国50年の虚像と実像』 の中で著者の中野謙二氏は、

『なにが虚像で、なにが実像なのかを判断する資格があるとは、思えなかった』p292 と言い、文革に対する評価も一面的ではない。

『いまどきの中国人』の中でも、
『あの時代、人々の心は純粋だった、との感情が(一部の中国人には)強い…』p145 と述べられている。

これらの評価は文革が毛沢東の権力闘争に利用された悲劇と捉える多くの日本人の感じとは異なる。 評価する主体がその評価対象と無関係であるどころか、その中で生きてきた現代史の難しさはここら辺にある。 

私の親しくしてきた中国人(40歳以上)の多くは文革を厳しく批判するが、一方で毛沢東に対しては決して批判めいたことを云わない。 毛沢東批判は即、共産党批判であるからだろう。 従って文革は全て四人組の仕業となる。

同じようなことは先の日米の軍事密約にも現れる。 
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1579/trackback

民主党にしても解明をしたとしてもそれを即、個人批判や責任追求には持っていかないだろうと思う。 個人的にもある種、「苦渋の選択」として容認する気持ちがある。
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2009/9/20

関西全域  勝手連=里親リンク

詳細はこちら、「ニャパネットリターンズ」で↓
http://ameblo.jp/aisys/
なお、当方「勝手連」にて、ニャパネットリターンズの了承は受けていません。

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2009/9/20

『上海史』2  お勧めの1冊

昨夜のSalsonは人が少なかったが、それなりに。 ぶつからないで踊れるあのくらいがいいかも? 

隣で一心不乱に大の大人が堂々と漫画本を読んでいた。 あまり様に成らないね。 別に漫画読んでもいいですが密かに愉しんで貰いたい。 前総理も漫画ファン、別にそれが不人気の原因だとは思わないが、総理の風格を感じられなかった原因の1つにはなったかも? 20過ぎたら、漫画は卒業してもらいたい。 他にやりこと沢山あるだろう? それでなくても人生は短いのだから。

今朝の『サンデープロジェクト』で、日米密約の問題が話題になっていた。 新しい政権はこれを11月めどに調査報告すると述べた。 これも政権交代の成果。 以前述べたように権力の交代は緊張感を育て健全な民主主義を育てる為に必要。

         「絶対権力は絶対に腐敗する」

軍事密約そんなこともあるだろう。 既に一部はアメリカ側で公開されたものもある。 これまでの自民党政権が最後まで否定したのが間違い。 「過去このようなこともあった」として将来に繋げるべきだろう。

 『上海史』 2
『しっかりとここに根をおろした中国人の諸活動こそが、都市上海のいきいきした生命力の源であったのである』 p48

『1928年当時のその人口は約300万人… その98%は中国人』 p98

1930年時点で、都市のイギリス人が6221人、米国人1608人、日本人18478人。p99

『彼らの雇っている中国人のポストやメイドというば、ピジン英語を喋っていた』 p106

クレオールと言う言葉に続いて此所でもピジンという言葉が出た。 カリブ史と上海史ともに共通の言葉がでる。しかし両者には決定的な違いもある。 カリブ史ではあくまでも欧が主、ここでは崋が主。
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2009/9/19

スタッフ & タクシー料金 & 『上海史』  お勧めの1冊

<スタッフの心使い>
先日のホテル、TOKO city hotel。重要なことを云い忘れ。

超お薦めなのは設備だからではない、スタッフの心使いが感じられるところ。これが全てです。

<日本のタクシー運賃は余りに高額>
外に出て気がつくこと。 それは日本のタクシー運賃は余りに高額なこと。

昨夜11時前に博多駅到着、タクシーで25分ほど走り、運賃は4150円。 10キロも走ってないだろうに高い。  

これまでタクシーが高いとは余り感じてなかったが、中国で深夜の北京や上海を30分以上走って、精々20〜30元にしかならないのを知って、日本のタクシー運賃の高額さに気がついた。 20〜30元と言えば、日本円で300〜450円ということになる。 

現実を反映しない円・元の為替レイトの問題はあるにしても、それを差し引いても余りにも日本のタクシー運賃は高いと思う。 何故だろう、中国の高級ホテルでのビール1本の値段が75元だったということを考えると、この中国と日本のタクシー運賃差は歴然。

規制緩和でタクシーが増え、いま運転手さんの生活が厳しいということはよく聞く。 しかし儲けのないところにビジネスは入っていかない。 これまで、規制によりタクシー業界は今まで以上に儲けがあったということだろう。 

参入が増えた分ディスカウントが広まればよいのだが、運賃が安くなったという話は聞かない。 規制緩和は新規参入を促したが、競争に伴う運賃の低下はなかったので、利用は増えることなく、決まった大きさのパイをこれまで以上の人数で奪い合うことになったことから、その分タクシーの運転手の収入を減らしたということだろう。

『上海史』
東方書店、1995年初版。 14年前の書籍である。今の上海を語るには古過ぎるかもしれないが、読むとなかなか勉強になることが沢山記載されている。それなりにお薦めの1冊。

『1989年時点で常住人口の14%、200万人が上海の流動人口。p10 つまり1430万人が上海に住む』
これは先のデーターでは1300万人とややずれるがいいでしょう。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1590/trackback

『戸口(戸籍)制度は1958年以降から実施され農民の都市への流入を阻止している』p9

「クレオール上海」という言葉がここでもでる。P18
これはキーワード? あるいはアカデミックな世界の流行語
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『1937年以降の(人口)増加分の大半は日本人』p22

これは先の1930~1950年の間の小さな山ですね。
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『2千数百年前には蘇州河の南岸に2つの支流があり、それぞれ上海浦、下海浦と呼ばれた。現在の上海は名はこの上海浦に由来すると言われる』p28

『1865年(英米の)工部局は東西方面の馬路に中国の都市名、南北方面のものに中国省名を管することとした』
p41 つまり今の上海の路名は欧米がつけたもの。

『1860年ごろ、義和団事件の勃発により列強と崋中地方の官僚あいだで上海に陸路15路が修築された。これにより水路は寸断され、水路交通のネットワークにより成立した「水郷」は決定的に衰退し、やがて近代工場が立地する地域となる。 またこの乱で江蘇省、浙江省の豪商が上海に集まり、つまり資本が集積されることとなる』P42

『1860−70年代にかけて、租界当局による可燃建材の使用禁止処置は中国人の住宅に独特の様式=里弄(リーロン)を普及させた』p44

なるほど、そういうことですか! 同じ意味でも、上海の里弄と北京の胡同は別物ですね!
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1594/trackback
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2009/9/17

初めての学会&ペットの死  

TOKO city hotel @ Matsumoto
http://tokocityhotel-matsumoto.wiseknot.ne.jp/

非常に満足、お薦めのホテル。 室内は有線だが無料LAN完備。 ロビーは無線LAN完備。 それ以外の設備もとてもよい。値段も普通。超お薦めのホテル。

発表を依頼されて初めて入会し、参加した学会。参加者300名程度の小さな学会。この手の学会の悩みは新規若手会員の入会が少ない事だとか、若者はすぐ「分子」とか「DNA、RNA」とかのモダン、横文字に弱いからね。 

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このくらいの学会を1つ持つのはいいかも? 巨大学会、だと知り合いとも会えないことが普通。ここだと全員と顔を会わせる。学生も此所だと発表の機会も得られる。 もっともこの学会で打ち止めにしよう。現在、分子生物、癌学会、RNA学会、放射線影響学会とこの遺伝学会で5学会、うち2つは会費だけ払う幽霊会員。

ペットの死は辛い、10年も飼えば家族同様。 せめて、自宅で看とり、埋葬出来たのは救いだと思う方。 たかがペット、されどペット。
http://blog.goo.ne.jp/z-__-z
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2009/9/16

松本初日  

名古屋で1泊。 予想通り、Salsa @ Nagoya は残念ながら出来ず。 接待、接待(汗)

名古屋を朝7時に信濃1号で一路、松本へ。 9時5分着、直ちに松本電鉄に乗り換え新島島終点。 

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そこで同じ松本電鉄のバスに乗り換え、3つのダムを横目に見ながら上高地を目指す。

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え? 学会では? いやいや、中国のお客さんを上高地観光に連れていくことは、学会のWSオルガナイザー公認、いやむしろ依頼されての観光です(本当です)。

この歳になるまで上高地は初めて、 渓谷が堆積物に埋まった湿地帯だとは初めて知りました。

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大正池は焼岳の火山活動で川がせき止められて出来たもの。

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ヤマメか?

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アクアビーテ、ようやく発見。ただし踊る相手おらず会話のみ。それでも愉しかったですが。

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2009/9/15

素人が将来を予測することは難しい。が、  

業務連絡? 多分、数日間ウェブ接続出来ません。急用の方は携帯へ

<12月末に第二弾上海サルサ決定>
ホテルに無線LAN完備を確認してもらう。
時期的にはよい選択ではないけど、他に時間の取れる時期がありませぬ m(_ _)m

<今日は何の日>
1年前にリーマンショックが起こった。その日脳天気な経済評論家が『ビジネス展望』で、

    「明るさが見える…」

などと口走っていた。 誰とは云わないが記録してある。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1185/trackback

素人が将来を予測することは難しい。 が、どの評論家が信頼できるかを見抜くことはそれほど難しいことではない。

それと対照的な話題が今朝のニュースででた。日本人元銀行マンが起こした銀行。米国移民を対象にした送金業務で実績を積み、FRBからも提携を持ちかけられているとか。社長曰く、

『アメリカの人口が3億人として、その半分がまともな金融サービスを受けていない』 

『金融が中間、富裕層を対象とばかりしてきて、本当にお金が必要な人を相手にしていない…  それゆえ実需の伴わないマネーゲームに走った』 とも、

まことに同感。
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2009/9/14

明日から松本出張  

PC持参ですが、ホテルは自分でとれなかったので多分netアクセスは難しいでしょう。 

それに中国からのお客さん(招待講演者)と一緒なのでSalsa night @ NAGOYAも難しいかも?(涙)

CHAI 2006年3月号もAmazonから入手♪ 

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古くなった情報も多いでしょうが、雰囲気は判ります。 
探しきれなかったsalsa barも沢山あるようで、さらに検索のツテになりそう。  第二弾の準備に余念がない?
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2009/9/14

『上海グランド』  お勧めの1冊

『上海グランド』
昨夜の恒例中国映画 。 レスリー・チャンとアンディ・ラウという2大有名スターの共演の映画。 ファンにはたまらないだろうが、私にとっては2流以下の内容。 1935年の上海が舞台というわけでレンタルしたDVD。ただし上海の雰囲気も味わえなかった。 そろそろ上海というだけで選ぶのは時間の無駄かもしれない。

『レトロ的中国を歩く」樋口裕子著よりの1節

『弄(ロン)は上海や江南の各地で使われる言い方で… 北京の胡同(フートン)と同じだが』p162

先日の予想はその通りだったよう。1つ疑問が解けました。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1594/trackback


tokyo_tomomiさんからのパクリです
http://blogs.yahoo.co.jp/tokyo_tomomi/4234252.html

最近ヤバイな?と感じるsalsaな時。

<初期症状>

●手ごろなスペースがあるバーの床が木床だと、”此処でサルサPartyできる”と無意識に考える時

●サルサの音楽を聞くと、勝手に体が動いている時

● 靴を買う時、サルサを踊る事を考え、安定が良く脱げにくい物を選んでいる時

●恋人いる?と聞かれ「うんsalsa!」と答える悲しい時

@最初の2個該当

<軽症>
●寒い時、サルサのステップ踏んで、温まる人。
(2月の福州路。信号待ちで寒い為サルサのステップを踏むのは許容範囲と思われる。しかし道路挟み反対側で同じく信号待ちしているラテン人も一緒になってサルサのステップを踏んでいるからと言って、ラテン人がコッチむいて手を挙げた時、ターンをしてはいけません。決して・・・)
●仕事より家庭よりsalsa優先する人(サルサ結婚、離婚、サルサが原因でケンカする等含む)

●常時ダンスシューズとガムを携帯している人

●出張が決定すると、出張先のホテルより先にSalsaの場所をチェックしてから、ホテル予約する人



後ろの2つほぼ該当。特に最後の例は必ず。

<重症>
●1日1回サルサをしないと、発作が出る人。

●サルサblog付けている人

● サル友以外の友達と話しているにも関わらず、全ての話題をサルサに繋げる人

●アメリカ、キューバ、ロンドンにサルサ留学したいと少しでも思った事がある人

●サルサ帰りで深夜2時帰りなのに4時迄、Salsaチャットで盛り上がってる人

●サルサを踊る為に毎週末、2時間かけ上海に来ている人。
●コングレスがあるからと言って、ワザワザその時にその地域に行く出張を無理やり作る人

2番目ちょっと擦っているかも?

総合診断=初期症状から軽症への移行期
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