2010/12/1

ドアは少しだけ開いていた方がよい?  

TPPの話があるところで出ていたので、関連して米作の日米比較をやってみる。

ただし、農政・補助金などは十分議論され尽くされているだろうから、全く違った視点で考えてみる。

200〜数千ヘクタールの土地を1農家が耕している米国・オーストラリアと、2ヘクタール程度の田んぼを耕している日本の農家の差は農学的にザックリと言えば、水耕と畑作(乾田直播)の差。
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畑作では耕作や降水により表土の栄養分が失われるので、連作の場合追肥されなければ収量は半分以下になる。 一方、水耕では灌漑により施肥され、同様に追肥されない場合でも連作で前年の7〜8割の収穫がある。

よく西欧中世史で収穫量が1粒あたり3粒から5〜10粒になったことをよく三圃式農業の導入に絡めて、大々的に西欧文化の大発展みたいに取り上げるが、これは牧畜との組み合わせで施肥が出来たのが全て。それより昔、奈良時代の日本では1粒当たり50粒の収穫があったし、それよりさらにはるか昔の大昔、エジプト文明時代のナイルデルタの収穫量も1粒当たり30粒の収穫があった。
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つまり、アメリカ式の米作は日本の水耕に比べきわめて反エコ的、化学肥料漬けの米作と言える。「環境」の時代、あるいは「食の安全」の時代、どちらが、好ましいかは歴然としているだろう。 

昨日の「ビジネス展望」でキャノン研究所の山下氏は十分日本の農業(米作だけですが)は世界の競争に戦えると述べられていたがこれには懐疑的。
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NAFTAの過去の例をみるならば、これは「トルティージャの警告」ならぬ「コメの警告」なのかもしれない。
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今朝の『ビジネス展望』では慶応の金子氏が農業以外の問題点も述べられていた、つまり「人」も、「公共事業請け負い業者」も海外からやってくるということ。ますます日本人の雇用は失われるだろう。

さらに本来自由貿易はWTOが担うべきものだが、これがリーマンショック以来機能不全に陥り、むしろ「囲い込み」としてのアメリカ主導の、特定国間のものとしてのTPPなのだということ。

ここらへん、国益がどこにあるのか、よく考えてみる必要があると思う。


…このような議論の時いつも感じるのは経済や金融がグローバルなのに対し、社会保障や年金、教育は国という枠の中でしか機能しないということ、そのアンバランスを考える時、ドアは少しだけ開いていた方がよいと感じることが多い。


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