2012/8/19

ショック・ドクトリン6  お勧めの1冊

ナショナリズムは扱いが難しい。騒ぎを起こす事を商売にしている者もいる。
何よりも重要なことは何が本当の国益であるかを判断出来るかどうか。

あの3つの円の重なり URL↓ がうまく出来るかどうか、最近日米の軍事同盟が揺らいでいることが今回の背景にあるのかもしれない。

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<ショック・ドクトリン>
『フリードマンの理論は彼にノーベル賞をもたらし、チリにピノチェト将軍をもたらした』 ガレアーノ「火の記憶」

フリードマンの理論の最初の試みが行われのは、アジェンデ政権の崩壊後、即ち反革命後のチリだった。しかし、そこにいくまでに周到にシカゴ学派はその勢力を南アメリカに広げていった。そしてそれに財政的支援を与えたのがフォード財団の奨学資金による留学システムであり多くの若者がシカゴ学派を学ぶ為に南アメリカからシカゴ大学に留学した。p85
そして彼らは、それまで経済学部のなかったチリ・カトリック大学に送り込まれた。p107

フリードマンは反革命後、ピノチェトにチリに招待されて『ショック療法が必要だ』と述べた、p111 そうすることで経済は自然の状態に戻り経済的混乱はやがて収まると。

しかし、チリのインフレ率は375%に及び、アジェンデ政権の最高時の2倍にも達した。p110 これは先に規制を止めればインフレは収まるとしたフリードマンの理論を完全に裏切る結果だった。

これに対し、説明として彼ら、シカゴボーイズらが言ったことは、

『悪いのは自分たちの理論ではなく、適用の仕方が不徹底であるせいだ』と主張したとか。p110

同じような言い回しを竹中氏が言っていたね。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1132/trackback


彼らの行った「ショック療法」は未検証の理論に基づきキャメロンが電気ショック等を大量に使ったのと驚く程似ていると著者は言う。そしてその結果も似ていて患者を治すどころか、完全に不具にしたと著者は述べる。

2006年独裁者が死ぬとニューヨークタイムズは彼を『破綻した経済をラテンアメリカで最も繁栄する経済への転換した』と賞賛しワシントンポストは『自由主義経済政策の導入によりチリに経済的奇跡をもたらした』と持ち上げた。

しかし著者はこれには異論を唱える。独裁者は17年間その座にあったが経済的成長は80年代半ばショック療法を実施して10年、独裁者が大幅な方向転換をしてからもかなりの時間を経った後という点を指摘している。p118

時系列として1982年経済の破綻(失業率はアジェンデ時代の10倍の30%)
その後、アジェンデ時代に戻る企業の国有化を進めた。
そして著者は指摘するのはチリの輸出の85%を占めていた銅鉱山、コデルコを民営化しなかったことが、その後に金融バブルが弾けても国庫に着実な収入源を保証したことだとする。p118

なお、2007年時点でチリは世界で最も貧富の差の激しい国になっている(123カ国中、116番の不平等の国)p119

やがて、このチリモデルがロシアから南アフリカ、アルゼンチンで繰り返され、将来のグローバル経済の姿を垣間見せるものだったと総括する。 p120

即ち、富のバブルの外側にいるものには大恐慌のように、内側では短期間に利益を上げる事が出来た。それ故、ショック療法式の改革によって易々と蓄財することは麻薬のような魅力を持つことになった。

  『次のヤクは何処にあるか?』と

そしてその薬はその後、すでに軍事政権下にあったブラジルで、さらに73年のウルグアイでの軍事クーデーターで、そして76年のアルゼンチンの軍事クーデーターでヤクは提供されたとも。しかもこれら全ての軍事政権はCIAの支援を受けていたことが現在では知られている。p121


さて、シカゴ学派は「規制緩和」「民営化」「社会支出削減」が政策の3つの柱だが。p78 全く同じ言葉を小泉政権下聞いたような気がする。そしてその時の主要閣僚が竹中さんでしたね。
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