2012/8/28

『謎の大王 継体天皇』3  お勧めの1冊

『謎の大王 継体天皇』3
著者は「万世一系」の思想が確立したのは、遅くとも平安中期だったことを983年の日本の僧が宋の太祖との会見の事例をもって示す。そしてその際この思想の「瑕疵」となるのが継体天皇の存在であることを指摘する。p207

しかし一面、継体天皇の存在は歴代の天皇の即位時、その正統性に疑義がでた際に前例として取りざたされることもあった。例えば安徳天皇の後の後鳥羽天皇の際(三種の神器なく即位した)など。p209 また一方、継体天皇以後、天皇は天皇家の直系の子孫以外からは選ばれないとの前例も残した。

戦後、継体天皇を近江、越前から王位を奪った地方豪族だとの説も出されるようになったが、先に述べたようにこの著者はその説には反対する。 しかし、そのような説が有力なものとして存在する現実もある。p223

さらに一歩進めて彼が朝鮮と関係の深い人物であるとの説を公然と述べる研究者もいる。
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あとがきで著者も述べているように歴史学はそれをおこなう主体(歴史学者)の思想や世界観抜きには成立しえないもの。p226 



…例えそうであったとしても、優れた歴史書は風雪を経てもなお光を放つものだろう。そしてそのような例を我々は沢山知っている。 

昔読んだスペインの歴史学者、サンチェス・アルボルノスの『スペインとイスラム;あるヨーロッパ中世』のあとがきの一節を思い出す。

『…私の作品も、将来修正を余儀なくされることだろう。すべての歴史の専門書は、その修正を享受し、またそれに苦しむものである。 歴史が永遠の生成と死ー新たな生を与える死ーの学問である以上、それに似せて、それにかたどられて生まれた実りも、同様の輪郭を持っているのである…』
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