2012/10/20

『中国の歴史』5  お勧めの1冊

『中国の歴史』5 
<知識人のネットワーク>
この時代、帝国は3国に別れていたが知識人は独自のネットワークをもち共通の文化的教養をもって,手紙などで交流していたという。p184

例えば、諸葛亮で有名な諸葛一族は三国すべての重要な地位を占めていた。これは国と氏族とをわけで考える現代まで受け継がれている思想だとも。

…実は同じような状況は西欧中世でもみられる。 ただし氏族ではなく宗教的なつながりとしてあった。ローマ帝国が崩壊しヨーロッパが各地の封建領主の勢力争いの中にあった中世という時代 、修道士が強力なネットワークを形成していた。

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『シトー会は全ヨーロッパに分布し、その間を修道士達が頻繁に移動していた』

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これがシトー会の建築様式が共通していたことと関わっているとと関係があるとの指摘がある。 

そしてそれを可能にしたのが彼らに共通の言語であるラテン語の存在だった。地理的に遠く離れていてもコミュニケーションが出来た。

こうした背景の中で 『薔薇の名前』 や 『路上の人』 のような、浮浪する修道士の物語りが真実みを帯びてくるわけ。 
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