2013/8/31

Google mapを見ながら考える  試行,指向,志向、思考

一昨日の書き込みでGoogle mapで五台山近辺を眺めてみたら面白いことに気がついた。
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それは植生が山の片面では維持されているのに対し、反対斜面は岩肌が認められること。 勿論全体的に森林の荒廃が進んでいる。 これを日本の森と比較するとよく判る。かなり森林の荒廃が叫ばれている日本だが、まだ日本の森は豊だと感じる。 

このような片面荒廃が自然に起こるとは思えないので、おそらく反対面で植生が維持されているのは人間による積極的な植林によるのだろう。 いずれにせよ中国西北部の砂漠化は深刻なようだ。 もっと酷い状況をハイチで見て来たが、同じような経過を辿らないで欲しいと思う。 
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3023/trackback

他国のこととはいえ、隣国で国土の崩壊がはじまれば対岸の火事では済まない。中国政府もこのところ植林に努力していることは知っているが、千年以上前から起こっていることなので簡単には解決できないだろう。 問題はこれが単なる気候変動ではないこと、人間による積極的な自然破壊の結果だということ。 

…それにしても、いま同じことが福島でも起こっている。 しかもこちらの方は放射能災害という特殊性からこの先数百年、数千年にかけても根本的な解決法がない点が悩ましい。 

確かにこのところの化石燃料費の高騰は今日日の日本にとって大問題なのだろうが、長い目でみた時、原子炉災害というものの長期間にわたる影響を考え、また地震列島という条件を考えたとき、やはり40年後の原発全廃というのが賢い選択肢。 

また例えそれが出来たとしてもこれまでの原発廃棄物はこれから数千年にわたり抱え込まねばならない。 日本はフィンランドの「オンカロ」のような半永久的核廃棄物最終処分場を持てないことを念頭におくべきだ。 

  貴方はトイレのないマンションに住みたいですか? 

  核廃棄物の問題を子供や孫の世代に先送りすることに何も感じませんか?





それにしても、このようなことが自分の家に居ながらにして判るGoogle mapは本当に凄いと思う。これを使えば他の国の状況など手に取るように判るはず。 以前聞いたことがあるが、軍事目的だけでなく、衛星写真から農作物の収穫量や貨物輸送量などBig dataから様々な予測ができるらしい。
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2013/8/31

人ごとながら時々腹が立つ  

ポンコツさんのblogを読んで感じたこと、
http://ponkotsunihongo.blog.shinobi.jp/Entry/2304/

2010年の第6回“人口普査=国勢調査”によれば、中国における無戸籍人口は1300万人以上であり、100人に1人だったとのこと。
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0502&f=national_0502_192.shtml

記事では過去形で既に戸籍を得たことになっているが、そんなはずはない! つい最近も戸籍なし(正確には外国籍を入手した)の例を身近に知っている。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3224/trackback

彼らは社会保障の枠外に置かれ、義務教育も受けられず、口座も開けず、免許も申請できない。基本的人権すら認められない。

オリンピックや万博、最近では空母や有人宇宙飛行船の成功を自慢げに語る中国人も知っているが、同胞の100人に1人をこのような状態に放置しておいて何か大国か! 恥を知るべき  段々腹が立ってくる。

一方で強酸糖やそのシンパ、そして黒憂鬼形には… 以下自粛
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2013/8/30

『入唐求法巡礼行記』 2  お勧めの1冊

何故、米国はシリアに手を出そうとするのか? イラクで散々後悔したのではないか? 

アフガンやイラクでは納得は出来ないにしてもそれなりの説明(理由)が聞けた。 しかし今回はそれをきちんと説明できる話を聞いた事がない。 


『入唐求法巡礼行記』
当時、地方政府は日本国と新羅国を区別出来ていないことがあったらしい。遣唐使はこれを正してから待遇が変ったことを円仁は記録している。p39

なるほど、地方政府にしてみれば日本も新羅も同じ東夷の国、区別は難しかったのだろう。

唐朝廷から上洛の許しがでず(最後まで円仁は許可されなかった)揚州で待機していた時、天台寺の僧が円仁を訪ねてくる。かつて、30年前、遣唐使と共に唐に渡り天台寺で最澄と面識のあった僧とのこと。その僧が言うに、「此処で空しく待っていても仕方ない、許しを待たず天台に行ってはどうか」と唆す。p122

しかし結局、円仁は此処で待ち続け、最終的には長安への上洛は許可されないことになり、山東省で違法に遣唐使から離脱することになる。

円仁は仏教行事については細かく記録している。しかし現代人は仏教から離れて、その中に当時の貴重な情報を得る事ができる。例えば当時の精進料理は重要な宗教行事で彼としてはそれ故詳しく記録したのだろうがそこに様々な情報が含まれている。なおこの精進料理は俗人も招かれたらしい。p280

記録によれば、精進料理一人前が平均100文、ロバを輸送に20里使うと20~50文。黄河の渡し船は1人5文、ロバは1頭15文。山東の南岸から楚州に至るボートの船賃は5000文。粟が1斗30〜80文、米は60~100文など。p253

なお当時は(仏教の)宗派の別が中国のどの時代より強かったにも拘らず(天台と禅)政府が統制をかけていたため宗派の別は曖昧だったらしい。p273
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2013/8/29

株主としての論理  & 唐代の森、現代の岩肌  

先日の件について
東電は事実上の国有化になったにも関わらず、これまで事故対策は東電任せだった。 もし、1私企業では事故処理が不可能だと考えた上での実質国有化だったとするなら、何故こうなったのか?

考えられることは、政府が大株主になった時点で

   「政府自身に株主としての論理が生まれた結果」  だとは云えないか?

いずれにせよ、東電を企業として存続させたのは間違いだったような気がする。 今なお東電は企業として存続しているとするなら、当然利益主導の論理が働くのは自明のことだろう。



以前、小春日和日記さんのところで、今の北京近辺が森に覆われていたことを書き込みした。
http://blogs.yahoo.co.jp/xdjm65/7261560.html

たまたま今読んでいる2册の本、 『円仁・唐代中国の旅』 と 『入唐求法巡礼行記』 にその点についての記載があった。

この2冊の本は共にAD836-847にかけ唐の地を放浪した(仏教弾圧にあい追放された円仁=慈覚大師の旅行記についてのもので、前者はライシャワー博士による解説書、後者は円仁自身の日記。



この中で五台山(山西省東北部=北京の西南西300キロくらい)が当時鬱蒼とした処女林に覆われていることが記載されている。 曰く、

『…これらの峰々は(高く低く)変化に富み、こんもりと木が繁っている… 山には松の杜があり、谷間の樹木は真っすぐに高く伸びて…』

少なくともこの時代、9世紀中頃までは山西省東北部は森林に覆われていたかと。『円仁・唐代中国の旅』p243

同様なことは山東省での記述にもある。しかし、そこでの記述はもはやその地の森が原始林ではないことも示しているとか。『円仁・唐代中国の旅』 p242

Google mapで改めて五台山の近辺を調べてみると最初緑色で「案外森があるではないか!?」と思ったのだが、段々拡大していくとやはり植生があるのは山の一部で多くの部分が岩肌が露出している、特にgoogle earthに切り替えるとそれがよく判る。


大きな地図で見る
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2013/8/28

『円仁・唐代中国の旅』4  お勧めの1冊

『円仁・唐代中国の旅』 
赤山院から山東半島を横切り登州(現在の蓬莱か?)まで陸路7日かかっている。まばらな人口で「飢えて、椎の実を食用に供していた」と円仁は記録する。p185

途中の寺院でのお祭り時の照明について円仁は記録に残している。それによればクリスマスツリーのようなもので、竹の枝の端々に多数のキラキラ光る金属や陶磁器製の匙のようなものを結びつけ、それに油が灯されるというもの。巨大なクリスマスツリーのようなものであったろう。p209

著者は云う、唐代の旅行者は皮肉な事に、現代の旅行者より官僚主義の賊に煩わされることは少なかったと。円仁は官の発行した通行証だけで旅行することができたが、その際賄賂を取り立てられたり、贈り物を要求されることはなく、むしろ様々な贈り物を押し付けたと。p222

確かに、これらのことは現代の中国の賄賂社会と比較すれば驚くべきことだろう。特に彼、円仁が旅したのは唐末、かなり社会が乱れ始めていた時期のことなので尚更。

仏教弾圧により円仁は追放されたが、彼の追放命令は彼が辿るべき経路を正確に指示していなかったため、官吏は適当な説明を加えて彼らの自由裁量の範囲で円仁の希望を叶えてあげることが出来たとも。ただし、その為に時として円仁はそれなりの買収もしたようだ。p224

この本のなかでも円仁が揚州で塩の艀について貴重な描写をしていることが述べられている。 p241 ただし、この記述は『入唐求法巡礼行記』のかなり前段での記述だが。
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2013/8/27

誰が責任を負うのか?  震災ー原発事故

汚染がとまらない。これから原発対策に国が全面に出るとか。

    何をいまさら! 


最初から東電存続ありきでスタートしたが間違いの根本。原発事故、民間で対応出来ることではないことは最初から判っていたこと。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/2659/trackback
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どこかの馬鹿が、

「国有化とはとんでもない… 国有化して、きちんとした経営になった企業を見たことがない」

と口走ったが、あの方は責任を感じていないだろうな。いや耄碌して憶えてないにちがいない!

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夏バテかこのところ疲れ気味だったが、このニュースを聞いてまた燃えた。朝から過激にスタート(汗)
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2013/8/26

『入唐求法巡礼行記』  お勧めの1冊

日曜戻る。車を国際線の駐車場に入れていたのは、土曜日国内線の2カ所の駐車場が満車だったから。 ちょっと焦ったが思い切って国際線の駐車場に。 予約が必要なこともある。

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『円仁・唐代中国の旅』 を読みながら、本物の『入唐求法巡礼行記』も同時平行で読み始める。 難解そうだと思っていたが意外に読める。



『入唐求法巡礼行記』
中公文庫、深谷憲一訳 1990年初版。 意外と最近の出版であることに気がつく。なかなか興味深く、例えばこのような記録がある。

何とか長江(揚子江)河口に遣唐使船が辿り着き、水路で揚州目指して進む時のこと。 

下図が原本

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水牛2頭に船を引かせる場面がある。そこでは40艘の船を3隻あるいは2隻ごと横に並べて1艘のように固定し、これらを共綱で繋いで、6メートル程度の隋の煬帝が作らせた運河を進む。 p36  この短い文章に煬帝の運河の幅が僅か6メートルであること。 多くの船を同時に運ぶ方法が見てとれる。 また、このような記載も。

途中で余りに進みが鈍いので、水牛の代わりに人が7人一組で三隻の船を同じように横に並べて1艘のように固定し引かせてみるが、実はこれがとても大変だということが判る。人々疲労困憊し、またもとに戻し水牛に引かせてみると意外に早い事が判る。 これについて人々、『一頭の牛の力は百人分に相当する』 と感嘆するとか。p39

その他、塩官の船が塩を運ぶ場合。上記と同様に3―4艘あるいは4―5艘の船を1つに固定しこれらを共綱で繋いで運搬する風景で、その組が約20キロにも絶え間なく繋がって行く様に仰天したとか。p41

外国人である円仁の目には、唐の風俗は珍しく見えて記録マニアの円仁、何でも文字に残す。 「当たりまえのこと」と思っている事は誰も記録に残さない。これが円仁の巡礼行記が唐代の貴重な記録となっている理由だろう。 
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2013/8/25

Never trust a man who reads only one book  

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雨の松山で仕事を終え、朝の便にて帰福予定。双発プロペラ機を使用したのは10年ぶり?




Never trust a man who reads only one book.
というものがある。人は多様な情報に接するべきで、そうでない人は信頼するに足らないと言う事だろう。

世の中には本当に1つの情報源だけを受け入れ、それ以外の情報は全て無視するか、「嘘」だと思っている人がいる。 特に反原発主義の人に多くみうけられるように思うがどうだろう?

私だって個人的には原発はもはや日本には造らないほうがよい、少なくとも廃炉期限の40年後には日本には原発ゼロであるべきだと思うが。 それは20年先、40年先の目標で今すぐ全て廃炉すべきだというわけではない。

どんな技術にもリスクがあるわけで原発だけが特別なわけではない。ただし、一度事故がおこれば原発のリスクはその他のものに比べればとてつもなく甚大だというのは事実としてある。

それにしても、何でも事件・事故をすべて福島の放射能に関連して考えるのは「ついていけないな〜」と心底思う。
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2013/8/24

イスラム世界について考える  試行,指向,志向、思考

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今日から四国、松山出張です、アクセス出来ないかも?


昨夜は久しぶりに雨が降り、このところ1日おきに散水していた庭がようやく生き返った感じになった。


ムバラク氏釈放のニュース。何故この時期に? よく判らない。 

同氏の復活はないとマスコミ各紙は述べるが、ことイスラーム世界の分析に関する限り、今の日本のマスコミは当てにならない。


話題がそれるが、

昔からイスラーム世界の中でシーア派は現代に適応出来るのではないかと感じている。ただ代表的シーア派国家がイランであるだけに余りこの考えは世の中に認められていない。

しかし論より証拠。イランの出生率は日本のそれに近いほど低い。
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 寝室の中のことは宗教的、思想的な建前より本音を表すと思う。

それにイジュティハードの伝統もある。 
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なによりその背景にあるのはペルシャ文化。他のイスラーム国家がいわば文化の空白の世界にイスラームが入ってきたのに対し、イランは伝統あるペルシャ文化の中に後からイスラーム文化がやってきた。この根本的違いは大きいと思うがどうだろう?
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/122/trackback
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2013/8/23

『円仁・唐代中国の旅』 3  

『円仁・唐代中国の旅』 3
円仁は重要な時点、時点で朝鮮系の人たちに何度か助けられている。 その最初が赤山僧院から出発の時点。どのような関係があったのか興味あるところ。p77

最澄も空海も名門の出だが、円仁は対照的。p86

1つ面白いことが書いてあった。著者は遣隋使以前の日本からの外交使節を余り信頼していない。朝遣貿易は美味しい面があったのでよりよい条件を公に認めてもらう為に名乗った私的商人ではないかとも云う。その例にAD166年マルクス・アウレニウス帝からの使節と名乗ったものも「いかさま」のものであったかもしれないと述べる。p94

日本の教科書ではこれらの使節(あの金印を得た奴国やその後の朝遣団も)を全て正式な外交だとしているが、成る程そのような見方もあるかと。

円仁は相当マメな記録マニアだったということが判る。(勿論、そのことが現代の我々に貴重な情報をもたらしてくれているのだが) 彼は細々したことを毎日記録していたようだ。例えば彼らは赤山から都まで移動までのそれぞれの行政範囲ごとに行政の長を訪問し旅行の許可書を受け取っている(例:県知事ごと) その際、県知事などから餞別を受け取っているがそのリストを細々と記録に残す。

『米2石、小麦粉2石、油1斗、酢1斗、塩1斗、柴(薪のことか?)30根』 等 p186

赤山(現在の威海市栄成市)から登州(現在の蓬莱)まで、200キロほどを7日徒歩でかかったとか。p185
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