2013/9/3

論文とは違うよ、櫻井さん  震災ー原発事故

<論文作成とは異なる>
産経はある特定の集団に媚を売るような記事ばかりを載せて何とか読者を繋ぎ止めているような雰囲気がある。 今更という感じはするが、その典型があの櫻井よしこ氏の規制委員会批判記事である。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130902/dst13090203090000-n1.htm

同氏は「科学に徹すべし」として規制委員会が

  「原子力規制委員会は原発潰しを目的とするかのような非科学的な活断層議論を現在に至るも展開中である」

と批判する。

しかしこれまでの「科学的想定」をはるかに越えた津波で福島の原発事故が起こったのではないか? 

多くの地震学者があの大地震と津波を想定出来なかったことに自責の念を持っていることを知らないのだろうか? 

真の科学者であれば科学の限界も普通の人よりは理解している。だからこそ万一の場合の可能性を問題とするのだ。 聞けば活断層についての人類の知識レベルはまだ未熟だと聞く。 それならば、なおさらだろう。

科学論文で間違ったことを書いてもそれが論理的であり、データーに誤摩化しがなければ許される。しかし、規制委員会で間違った判断をして事故を起こせば今度はこの日本という国が無くなる可能性がある。

一度事故を起こせば10年、20年では被害が収まらないのが原発事故。そのことを以下の問題を解いて一度肝に銘じよう。 


<科学の問題>
セシウム137の半減期を30年として、放射能が百分の一にまで減衰するのにかかる日数はどれだけか。 log2=0.3として計算せよ。 答え=200年

千分の一まで減衰するのにかかる日数は? 答え=300年

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2013/9/2

『円仁・唐代中国の旅』 6  お勧めの1冊

『円仁・唐代中国の旅』
円仁の巡礼記はしばしば標準的な歴史書からは削除された事件についても記録を残しているとして、皇帝(武宗)が任を解こうとした護衛軍の司令官から逆に皇帝が裏をかかれたことを紹介している。p363

著者は円仁の率直な日記がなければ宦官に対する密謀も仏教弾圧とのあり得べき関係も全く知られることなく、公の歴史のもっともらしい言葉の綾の影に隠されただろうとする。p364 

第三者であればこそ、部外者であればこそ、別の視点からの記録が残されたと言う事か。

弾圧は最初儒教的に、後には皇帝の道教へののめり込みにより道教的な色彩をしめす。p372

円仁の古い後援者で、既に引退した官吏が追放され放浪する円仁に語った言葉が興味深い、

『…仏教はもはやこの国には存在しません。しかし仏教は東に向かって流れます。昔からそのように言われて参りました…』 p397

この言葉は意味深だと思う。 中国における仏教はあくまで西夷の宗教として儒教、道教の伝統の中に入ってきた。 我々はしばしば仏教をあたかも中国においても地の宗教として捉えがちだが、決してそのような安泰な存在であったわけではない。 

それ故に、もしかすると中国仏教僧には常にそのような不安感、危機感がにあったのかもしれない。それが空海や道元がその短い滞在にも関わらず、灌頂や授戒を容易に受け、膨大な法典を持ち帰ることができた背景なのかもしれない。
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2013/9/1

『円仁・唐代中国の旅』 5  お勧めの1冊

『円仁・唐代中国の旅』 5
このところ2冊の本を同時進行で読んでいる。それはライシャワー博士の『円仁・唐代中国の旅』 を読みながら。それに相当する円仁自身の『入唐求法巡礼行記』の本文部分を探すというスタイル。 それで気がついたことは、ライシャワー博士は時間軸にそって順番通りに記載しているわけではないということ。土曜日、図書館に『入唐求法巡礼行記』 の延長手続きに行くと、予約が入っていた。残念! 


円仁が経験した仏教弾圧(正確には儒教・道教以外の宗教にたいする弾圧)は激しいものだったが、それは主に経済的、世俗的観点からのもので西欧にみられるような宗教的ものではなかった。

即ち、中国の行政官は僧、寺院が課税の対象となる土地を占有したばかりでなく、有能な青壮年を得度させたことで仏教組織を社会の寄生虫とみなしたこと。また僧の独身主義が中国の伝統的な家族制度を揺るがすものとの考えもあったようだ。p336-7

さらに権力闘争もからんだ。一般に宦官は仏教徒であったので、伝統的に宦官と対立した学者、官僚は宦官を失脚させる手段としても仏教に激しい攻撃を加えた。
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