2013/9/18

『長江文明の探求』 2  お勧めの1冊

<燃費計算>
98,818-97997km (d821km)
821km/37.74L = 21.8km/L


今日は「柳条湖事件」の日、静かに過ぎてもらえばよいが?



『長江文明の探求』 2
(今のところ最古と考えられる)城頭山遺跡(図の5近辺、洞庭湖の北
 


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6,300年前まで遡れる今のところ中国最古の城壁をもつ)から出てくる種子を調べると水田の雑草と、畑の雑草が半々。つまり原始的稲作は水陸未分化の状態だと考えられる。p64

山東省の臨時遺跡の人骨のDNAを調べてみると春秋戦国時代の2500年前の人骨のDNAはその大半がドイツ人やフィンランド人に近い。2000年前になってようやく漢民族のそれになる。 つまり2500年前には白人が移動してきたことになる。p143

長江文明は4000年前に突然衰退するその原因についてのこれまでの定説は洪水。それは良渚文化層の上に25〜30cmの洪水層が堆積しているから。p150

しかし著者らはこの洪水説には懐疑的。 著者らは様々な証拠から長江文明は気候寒冷期に崩壊したとする。そしてその理由にその前の小寒冷期に低湿地が陸化し可耕地が拡大し人口が増え、それが寒冷化がさらに進んだことでの飢餓が人口圧で加速され、また北方民族移動が重なったことによると考える。p154~6

また、著者らは長江文明の担い手は苗族などの現在の少数民族だとする。それが黄帝に象徴される漢族により滅ぼされ南方の山岳地方(雲南や貴州)に逃落ちた。p163 (またその一部は東の海に逃落ち日本にも来たとする)

北の漢族が有利に立てた理由は馬と青銅器、それに疫病だとする。p174 まさにこれはダイヤモンド氏の 『銃・病原菌・鉄』 そのもの。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3215/trackback

さて、そこで苗族についてだが、彼らはフウの木に特別なこだわりを持つ民族らしい。それは花粉解析などから遺跡のある場所でのフウの木の分布が全体の10%以下しかないのに遺構の80%がこのフウの木によることから。P186

実際苗族はフウの木を民族の生命樹としてあがめ、自らがフウの木の子孫であるとする神話を持つ。P192

ここでも以前に見た図と同じものがあった。
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