2014/5/25

『漢民族とはだれか』  お勧めの1冊

『漢民族とはだれか』 安達史人著、右文書院、2006年初版。 

読み易い本である。ただ厳密な史料をもとに1つ1つ解き明かしていくという手法ではなく、様々な文献を元に現時点での様々な説を知るにはよいと云う意味。 これは著者が学術の人ではないことによるのだろう。

「はじめに」という最初のところで著者は云う、

『漢民族が単なる概念に過ぎず、いわば幻の民族である』p12

それは先の「中華民族の多元一体構造」のようなことを指すのか、それとも別の意味を持つのか? 今の時点では判らないが多分別のことを指すのではないかと期待する。

弥生人がもたらしたとされる稲作、また中国の史書に著されている風俗も共に江南由来。しかし血縁的には(遺伝子人類学的には)高麗や百済の人々に近いアルタイ系であるとのことは何を意味するのか? p18、p43

著者は朝鮮古代史学の井上秀雄氏の指摘で興味深い点を指摘する。それは中国史書に現れる「倭」という名称が民族をさす固有名詞でなく、中国人が遠隔地に住む従順な民族をさす言葉として使われていたとの指摘。さらに、「倭」は朝鮮半島の南部(加羅=伽耶)と、九州の北部両方にあったという点。これは他でも何度か議論されたこと。p22

つまり鳥越説と井上説から導かれることは「倭」は長江流域に住む民族が稲作を携え日本海沿岸沿いに北上し朝鮮半島まで到達し、そこで朝鮮半島を南下してきたツングース系の北方民族に稲作文化を浸透させたということだろうか? p42

著者としては、「倭」という国が九州と畿内にそれぞれ共存したと云う立場のようだが…?p52

1つ著者が指摘していることで先に私が安易に納得していたことが、少し慎重に考えなければならない点があることに気がつかされた。それは、

日本には去勢という習慣が根付かなかったことから井上氏の騎馬民族征服説による天皇家の成立というストーリーに無理があるとの反論。つまり渡来民族による日本文化の重層性を考えると、そう簡単に結論は出せないということか? p36
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