2014/12/26

中国行き & 『中国の歴史05』7  お勧めの1冊

今日から1週間ほど中国に行ってきます。中国からはこのサイトはアクセス禁止なのでしばらくお休みします。 多分、その間はBack Upサイトに書き込む予定ですが、こればかりはどうなるか判りません。 
http://blog.goo.ne.jp/bigsur5252

未だに様々な壁に囲まれた国、中国。これが現実。


『中国の歴史05』7
この本の最後に著者は以下のように纏める。

『夷狄であった五胡の中から出現した北魏が、北朝として中国の士大夫からも認知され、北朝を受けた隋唐が中国の正統王朝となるという逆転現象、隋唐の文化、国制に見いだされる胡族文化の影響などに注目するとき… 従来非正統であったものが正統になるという、きわめて興味深い展開をこの時代の中国の歴史は示しているのである』p340

さて、問題はこの歴史を現代中国がどのように受容しているか、という点にある。 正統とは「中華」であり、「漢」ではないだろうか。だとするなら非正統とは「夷狄」であり「非漢」であるはず。
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2014/12/25

『中国の歴史05』6  お勧めの1冊

『中国の歴史05』6
倭の五王時代には江蘇省の海岸線は50キロ程内陸にあり、現在の海岸線は元朝以降に急速に黄河や長江の土砂が堆積し陸地化したものだそうだ。当時の海岸線は昨日の写真で示されている。p293

この記述は元朝以降に長江や黄河上流域の砂漠化が進んだということを意味するのだろうか? 少なくとも黄河についてはそう云えるかもしれない。円仁の旅行記によれば現在の五台山付近は原始林に被われていたということらしいので。
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著者によれば、劉宋の北伐によるAD410、山東省の南燕の滅亡はその3年後の倭国、高句麗および西南夷の同時、朝貢を促したとする。高句麗にとっては70年ぶり、倭国にとっては147年ぶりのことで、このことから両国と南朝の間に位置する山東省の南燕の存在が大きかったかが判るとか。p294 確かにそうれはそうかもしれない。

この本の最後の章、10章の冒頭で著者は五胡十六国・魏晋南北朝時代の中華世界の歴史における意味を以下のように述べる。

「この時代は、漢から魏晋南朝へと受け継がれた(華の)世界秩序と、それまでの華夷関係の変貌を迫る、五胡十六国・北魏・隋唐によって担われた(夷の)世界秩序とが相克し、前者から後者への転換が生じた時代」だとする。p310

そして著者はそれが<中華の拡大>を意味するものだったとする。

この時代こそ費孝通氏の云う、「中華民族の多元一体構造の原点」かもしれないとの予感はどうやら当たっていたようだ。
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2014/12/24

『中国の歴史05』 5  お勧めの1冊

中央教育審議会は22日、知識偏重型や1点刻みの大学入試を改めて思考力や判断力をみる内容に変え、高校・大学教育も抜本的に改革すべきだとの提言を、下村文部科学相に答申したとか。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20141223-OYT8T50064.html

このことについては反対であることは昔述べたので繰り返さない。
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ただし、従来の「教科型」に加えて数学と理科など複数の教科を合わせた「合教科型」や教科の枠を超えた「総合型」も出題するというのは賛成。

しかし、記述式問題を取り入れるのはかなり難しいのではないかと思う。これは一度でも経験のある教員ならば同意されるだろう。わずか100人程度の採点でも記述式の採点は苦労する。教員側の苦労だけならいいが、最大の問題は「公平性を担保する」という点において。記述式の採点は採点する側の価値観、や意識によりかなり影響を受ける。その点についてどのように審議会は考えているのだろう? 

知識偏重型や1点刻みの問題点を云うのは容易いが、それに代わるものとしての「思考力や判断力を簡単に判定できる」と考える安易さを危うく思う。

ついでに云えば、現在センター入試を受ける学生の数は55万人である。我々がたかだか100人程度で頭を抱えているのとは違うことを強調しておきたい。



『中国の歴史05』 5
九章は「古代東アジアと日本の形成」ここではじめて聞くことが書いてあった。それはAD107年に倭国王の師升という人物が後漢に貢ぎ物を持って朝貢したようだが、それについて書かれた唐の時代の『翰苑』では「倭面国王師升」、『通典』では「倭面国王師升」(ともに「後漢書」からの引用)この食い違いが色々議論されているようだがまだ定説はない。

いずれにせよ、中国の内政がそのまま日本を含む周辺諸国に影響を与えたことが考えられるようだ。


…しかし、当時の構造船の能力から考えると島国日本がそれほど大きな影響を受けたとは考えにくいというのが個人的感想なのだが?? このことについては別の本でも議論されていた。

『最近の発掘調査によれば、全長6メートルの準構造船は丸太をくりぬいた船の両サイドに波よけの板を付けただけの簡単な構造で、だいたい650年頃まで続いたと考えられている。この舟の場合両舷6名づつ12名の人が漕ぐ構造(順風が吹く場合は簡単な帆を揚げて走る)』

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従ってこれで外洋の荒波を乗り切るということ自体難しかったのではなかろうか? なお船の幅は丸太の太さによって決まるが、発展形では丸太1/4分を使って、船底を厚板でつなぐ場合もあるとか、これだともう少し船幅が稼げるにしてもたかが知れている。
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勿論、陸続きの朝鮮半島では影響が大きかったろうが… p283

「倭の5王の時代と、南朝の東晋・劉宋(AD420~)への朝貢(AD413~)」
ここで古代における日中往復ルートについて著者は1)朝鮮半島陸路 2)朝鮮半島沿いの海路>山東半島経由 3)東シナ海横断ルートの3つのうち倭の5王のとった経路は当時倭国と抗争状態にあった高句麗の存在と東シナ海横断の危険性から2)だとする。 そしてそれを可能にしたのが劉裕による山東攻略(AD410)だとする。P292

また、山東半島からは内陸の水路と著者は考える、何故なら沿海部はその当時危険な浅瀬が沢山あり、あの円仁の乗った船も最初ここで座礁した。
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2014/12/23

『中国の歴史05』4  お勧めの1冊

月曜朝の雪

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6年前、アメリカが北朝鮮のテロ支援国家指定解除の道を開き始めた時、
    
     『核開発はした者勝ちですよ』

という、愚かなメッセージを 「とほほのブッシュ」が世界中に流した、として批判したが、その政策をオバマ大統領は転換するようだ。当然だろう。

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あの時、「愚かなこと」と述べたが、どうやらそれは正しかったみたいだ。あの国に対してやるべきことは決まっている。
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『中国の歴史05』4
南北朝時代の直接的な記述は少ないが、その後の唐の時代の記録には四川、安徽、福建、江西、広州の広い範囲に非漢族がかなりの数居た事が知られている。p194~

南北朝時代の史書に「洞」という非漢族の集落が存在していたことが記されているとか。p204

非常に重要な指摘があった。それは五胡十六国と云う時代呼称は正当王朝が存在しなかったという観念が含意されている一方、南北朝という時代呼称は南北の間に抗争はあっつたが、一定程度、正統王朝としての資格を持つ呼称だということ。つまり北魏=択跋鮮卑は五胡ではないという考えが透けて見える。p244

またこの時代、漢族の方にも意識の変革があったとも、それは漢族名士の高翼の例を挙げる。曰く、

『…我が王朝(北魏)は滅亡の瀬戸際にあり、人も神も憤怨している。家を破り国に報いるは、まさにこのときである』と述べたという。また他の漢族名士の封隆之も「(北魏の滅亡を前にして)いまこそ勤王の挙を起こすべきである」と云う。この現象は五胡十六国から北魏初期において漢族士大夫が胡族政権を拒否していたのと比べ大きな変化が生じていたという。p263
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2014/12/22

『中国の歴史05』3  お勧めの1冊

NHK日曜夜の特番
最初の数日に大量の放射能が放出されただけでなく、10日以上にかけて放出されたとか。

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どうも少しまた認識を新たにしないといけないようだ、3月15日と19日のポイントデーターしか知らなかったが、この間放出は維持されていたようだ。これまで15日が最高で、19日までにかなり低下していたものだとばかり思っていたが。
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それにしても当時は無人ヘリコプターによる観察も出来る体制ではなかったことも判る。三号機のプールに水があるかどうかすらも判別が難しく判断が躊躇されたようだが、壁が開いていて自衛隊機が瞬間撮影出来た以上、無人機があれば近くまで飛ばして至近距離から判断出来ることがでいたろうに… 歴史にifはないが…  今はどうなのだろう?

それでも原発再稼働が本当に必要なのか、迷いがでます。
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この数年の間に自分自身、最初の危機感が薄れてきたのかもしれない。
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因に個人電力使用量の2014/2011比は81%、ガス使用量比は73%
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特に辛抱したわけではなく、意識改革だけでこの数字です。
何より数字でナンボが重要だといつも考えています。



『中国の歴史05』3
この時代、南朝では貨幣経済が急速に進んだ。このことは北朝で、西晋から五胡十六国時代が戦乱の為に現物交換経済下にあったのと好対照であったとか。p147 それが後、南朝での銅の不足を引き起こす。p149

また、文化の面では南朝は日本にも伝わり日本の平安文学にも影響を与えた、梁の武帝時代の編纂による『文選』など文化の華が開いた。どうも、文化の爛熟期というのは力強い経済や軍事の時代よりも、そのような国家混乱期に花咲くみたいだ。p156 

ところでこの時代、淮南(淮河の南=江蘇省、安徽省)には野生の象がいたらしく、野生象による被害が『南史』に書かれているとか。p182 

これは驚き。もっとも華北で生まれた漢字が象形文字と云われる以上、当たり前のことだとも云えるが。

南朝時代の福建省にはかなりの数の非漢族、とりわけ越人がまだいたらしい。彼らは山越とよばれ山岳地方に押し込まれたが、しばしば漢族との間に熾烈な抗争をこの時期引き起こした。このことはその後の唐代の出来事としてさらに下って北宋時代『資治通鑑』に記載されているが、勿論それは唐代の前の南朝時代にも起こっていたこと。p189
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2014/12/21

『中国の歴史05』2 & 「奪命金」  お勧めの1冊

実に面白い「奪命金」
たまたまチャンネルをつけたら途中からだったが香港映画をやっていた。テンポよく複数のストーリーが絡み合いながら進んでいく。あっと云う間に2時間が過ぎてしまった。 文字通りの傑作。
http://www.qetic.jp/film/hongkong-movie/93767/



『中国の歴史05』2
五胡十六国の時代というものを、漢族からみた非漢族文化の導入という観点で今まで見て来たが、ここにきて非漢族側にも漢族文化の導入にあたって大いに葛藤があったことが判る。それは右に左に大きく揺れ、時に国の存亡に関わる軋轢すらも起こったようだ。

貴族制を基盤とした東晋から、武人政権である劉宋に禅譲されるのはスムーズに行なわれなかったことが此処でも指摘されていて、これが劉宋以降の王朝の在り方にも影を落とすことになったということは此処でも繰り返し指摘されている。p142
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帝位の継承を巡り兄弟、一族を次々と殺害する悪循環する風潮は劉宋は勿論、その後の南斉、梁にまで及んだとも。p144 北朝が漢民族と非漢民族との間の熾烈な抗争で血に塗られたとすれば、南朝では一族同士の殺し合いという形をとったようだ。
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2014/12/20

『中国の歴史05』  お勧めの1冊

『中国の歴史05』
中華の崩壊と拡大:魏晋南北朝、講談社、川本芳昭著、2005年初版
黄巾の乱におけるスローガンが、

「蒼天すでに死す、黄天まさに立つべし」だったとか。P28

黄は五行説では漢の火徳、すなわち赤にとって代わるべき土徳の象徴と書かれていたが、蒼天では青いことになるが…? ここでは特に色を意味する「蒼天」ではないのかも?
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3828/trackback

五胡十六国の時代をこの本でも「中国史上でもまれにみる大混乱の時代」とする。p57

この時代、華北から江南に移住するものが数多く存在したとする。その点について著者は、
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3270/trackback

「そのような移住が起こったのは主に西晋東晋の時代まで」

とする。 宋の劉裕による簒奪以降はその正統性に疑問があるのか移住は少ないということらしい。p78
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2014/12/19

『南京城の鬼』2  お勧めの1冊

ニュースによればアメリカが漸くキューバと国交回復を行なうらしい。

実に遅きに失した。もともとキューバはアメリカの本来の敵ではなかった。そのキューバをわざわざ敵にしてしまったと考えるから。

ゲバラは少なくとも共産主義者で無かったし、カストロもそうだった。 アメリカの対ラテンアメリカ政策により、仕方なくキューバはソ連側についたというのが真相だろう。
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アメリカがキューバを今まで敵対した理由は「キューバ革命」でのトラウマがあってのこと。 同じことはイランについても言える。大使館占拠事件はアメリカにとつて我慢ならないことだったかもしれないが、理性的に考えればその後のイラン敵視政策はアメリカの国益にはならなかった。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1096/trackback




『南京城の鬼』2
発掘が行なわれている定陵の主は万暦帝で文化大革命の時、遺骸は紅衛兵により引きずり出されガソリンをかけられて燃やされたとか。その万暦帝の定陵を先日見て来たばかりであるが、そのような歴史がつい先頃、あの文革時にあったとは知らなかった。p116 

400年以上も前の皇帝である。それでも紅衛兵にとって格好の糾弾すべき対象だったのだろうか? そうだとするならば、この感覚というもの日本との差を感じる。
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風流と言う言葉はもともと中国から来た言葉、この言葉が流行したのは六朝時代(魏晋南北朝時代) とのこと。p72

ここで著者は

『中国人というのは、同一血統、言語、宗教、風俗習慣によって自然に形成された漢民族である』p180 

と述べる。この理解は少なくとも公式の中国の建前ではないし、現実的にもそれは違うのではないかと思う。別に費孝通氏の考えに賛同するものではないが、実体としても非漢民族を加えた中華民族という立場が現在では正しいと思う。
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2014/12/18

『南京城の鬼』   お勧めの1冊

ルーブルの急落が止まらない。 何故か? 原油価格の急落が原因だというが、それは世界経済の低迷による構造的なものか、それとも生産調整による戦略、政策的なものか?

いずれにせよ「資源は繁栄を約束しない」ということだろう。
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『南京城の鬼』 吉田とよ子:著、勉誠出版、2000年初版

南京城を舞台とした千古の歴史、そこは非業の死を遂げた多くの人々の記憶を今に伝えている。 とりわけ戦国時代と魏晋南北朝という二大戦乱の時代に様々な言い伝えを残した人々の逸話を中心に物語をはじめていく。

著者は中国文学が専門の方のようである。それは本文を読めばすぐ判る。一方で文学から流れる感性が勝るゆえに、少し違和感を感じる文章も気になる。例えば、以下のような文章が目につく。

『無錫は太湖という美しい湖のほとりにあり…』p5
『(南京の)「玄武湖」という美しい湖がある』p54

このような表現に出会うと?と感じてしまう。確かに遠くからの景色はそうかもしれないが、重金属で酷く汚染されていると聞く太湖を「美しい湖」と表現するには違和感がある。

また、著者は何故南朝時代に仏教が広がったかという疑問に対し『中国史上有数の暗黒時代だったから』と述べる。p52

確かにそれはあったかもしれない。しかし一方で先の「長安の都市計画」という本で書かれていたように、非漢族がこの時代、江南に勢力を延ばし、最後には隋がこの地を占領する歴史の中で非漢族的、普遍的思想が広まったという解釈の方により説得力を感じる。

唐が滅んでから(~AD907)江南に現れた小国、南唐(AD937-978)の最後の皇帝、李yu(火へんに日立上下に重ねて書く)が宋に国を滅ぼされ、連れ去られる時に詠んだ歌は、今でも歌われているとか。 テレサテンが歌うその「虞美人」をyoutubeで聞く。
http://youtu.be/hxbLu23hyAs
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2014/12/17

『長安の都市計画』9 為替レイト  お勧めの1冊

為替レート
2008-2014

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バイナリーオプションでショート相場での先もの取引での被害が問題になっているとか。相場は所詮、ギャンブル。しかしそれが今の世界経済を動かしている以上、否定するものではない。それだからこそ、「自己責任」であり「自力本願」。

業者を介すれば、確率的に損するのは当然。自分がビジネスモデルをつくれば当然そうするだろう。「確率的に得になる仕組みしか業者は決してつくらない

業者を介さず、自ら主体的に腹を括ってやるしかない。それだけの覚悟がない限り素人が手を出すべきではない。



『長安の都市計画』9
最後に著者は9世紀の長安に読者をタイムスリップの旅に誘う。最近長安の街で流行しはじめた小麦食の原料となる小麦粉の荷を驢馬に積んだ商人の後を追いながら東門の春明門から長安の城内に入り西に進み東市内に入り。p215

著者は発掘で明らかになった長安の町並みや、文献上に記録された遠き唐代の長安をイメージの世界で展開していく。そして最後にもと宮廷で皇帝の料理をつくっていたコックが最近ひらいたとかいう宮廷料理の店に立ち寄ろうと云う場面でその章は終わる。p226

ああそういえば、先日北京の街で清朝の宮廷で皇帝の料理をつくっていたコックがひらいたとかいう店に行ったことを思い出した。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3816/trackback
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