2015/8/31

出雲神社行3  

明日まで夏休みでゆっくりしているので、もつ1つup


出雲神社行3
博物館からまた大社前の道に戻る途中で楠の大木を見つける。

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これら「照葉樹林」は日本の稲作文化と深いかかわり合いがあると考えている。
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先に紹介したように、寧波の補陀山には楠の大木が<沢山>見られ、
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また杭州市内でも観察された。
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私は文化史的な面、稲の遺伝子的解析などの自然科学的な面など、様々な状況証拠を考えると、日本の稲作文化の大半がこの江南の地から来ていると考える方。

大社の周りを向かって右側から裏に回ってみる。

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いつも神社にくると周りを廻ってどのような神様が祀られているかを観察するが、特に変わったところはない。一番後ろに素戔社がある。その裏はすぐ崖になっていて裏山に続く。

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写真の表示板の左側部分。 

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隣に神様の宿泊所(西十九社)なるものが建っている場所。

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http://www.izumooyashiro.or.jp/keidai/other/index.html

ここら辺は太宰府の方が厚みと深みがある。太宰府では裏には長い鳥居が続き、その先に狐を祀る神社ありそこで終点となる。鳥居は神様の道なのでそれを辿れば、太宰府のアルカイックな姿=アニミズムを想像させる。 多くの人はそこまで鳥居を辿らないので知られる事は少ないのではないか? 地図上右上の太宰府稲荷神社がそれ。
https://www.google.co.jp/maps/@33.522306,130.535767,18z

同じようなことは地元の宇美神社でも観察される。ここでは稲籾と龍神・水神。
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共に天皇制イデオロギーによる脚色がなされたのは後代のことだろう。もっともこのような考えはある種の人たちにとっては、受け入れられない考えかもしれないが(笑)

ほぼ境内を廻り終えたところで雨が降り出す。段々酷くなり最後には土砂降りとなったので駐車場まで走る。傘は用意していたが、数時間前には土砂降りになるとは予想できなかったので持たずに参観してしまったが、何とかあまり濡れないうちに車に辿り着いて幸運だった。この後はホテルにGO!クリックすると元のサイズで表示します
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2015/8/31

出雲神社行2  

出雲神社行2
さて、出雲大社に到着したのが3時頃になったので、最初に博物館から観る事にした。場合によっては翌日の朝、大社見学にしてもよいとの判断から。結果的には2時間弱で博物館から出たので、十分大社を見学する時間はあった。

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入館料は610円、博物館の展示内容に比べ、コストパフォーマンス的には高いような気がした? しかし何度も観るところではないのでこんなものでしょうか。 玄関に入ってすぐ、最近境内から発掘された三本組の柱の実物が展示されている。

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大木には切れ込みがあり3本を固定にするのに使われたのだろうか? 写真右側の柱に■の切れ込みがある。大きさの対照に側の人を入れた写真も追加する。

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本殿の復元模型。なお復元模型には色々あって、大きな模型はその中でも一番大きく建物の高さが一番高い場合のもの。ずんぐりむっくりタイプもある。右端に様々な復元模型が見えるだろうか? 写真の左端の模型が有名だが、少し先入観を入れ過ぎるのもどうかと思う。

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出雲大社は何度も建て替えられた。慶長期(1604年)の建物は神仏混淆タイプ(尼子氏の意向により三重の塔や鐘楼が備えられたとか、杵築大社近郷絵図より)。

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その後、寛文期(江戸時代1667年)になると仏教色が削られより現在の神社タイプとなる(御宮中惣碁盤指図より)。

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大社の正面上部にあった木材のレプリカ。

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一番興味深く見たのは出雲風土記時代の出雲の想像地図。大社前には湾状に海岸線?が伸びている。現在は完全に陸地になってしまっているので当時とはかなり状況が異なるが、言い伝えにあるという(また式事もそれに習って行なわれるという)海岸線(湾岸)から神様を宮司が迎え(Youtube参照のこと)、神様の滞在後に裏山で神様を天に見送るというストーリーをイメージ出来る。今は鳥居の延長線上の南側は陸地化しているので現在は西の稲佐で行なわれるようだ。

https://www.youtube.com/watch?v=y1cl9ChdsKo

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朝ホテルの窓から大社方面を眺めると、確かに雲が湧いてきて、出雲の語源もここになるのかな?と感じた次第。

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2015/8/30

出雲神社行  

夏休みの3日をブラブラしていてもつまらないので、思いついて出雲神社に行く事にした。前日にネットでホテルを予約。いやはや便利な時代になったものです。何と6,000円程度でビジネスホテルが予約できる。

出雲神社に行く事にしたのは、一度は日本人として訪れたい場所という意識があったから。むかし、昔。厳島神社に目的意識なく訪問したのだが(広島で開催されてた、エアロビクスイベントを抜け出して)、思いがけなくえらく感動した経験が理由の1つ。

結論から云えば、厳島で感じた程の感動はなし。1つには平成の大遷宮で工事中だったこともあるかもしれない。あるいは期待が大きすぎたことも? しかし1つだけ云えることは、宮島で感じた程の大自然との一体感がなかったことが大きいかもしれない。地元の香椎や宇美、箱崎のスケールを倍増した程度しか感じるものがなかった、というのが正直なところ。 それでも13世紀のころの神社を彷彿とさせる。発掘された3本1組の御柱の大きさには驚いた。

まず朝8時半過ぎに自宅でナビをセットすると、到着予定時間が3時半頃を示すことに驚いた。確かに距離は445キロだが、それでも7時間はかかり過ぎるだろう? 

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実はこれには理由があり、高速道路が出雲には届いていない。行きは山陽道経由で広島まで行き、そこから広島自動車道経由で中国自動車道に乗り換え(遠回りしたかな?)、三次インターから一般道に乗り換え、トロトロと雲南経由で出雲行き。途中3回程短時間のトイレ+撮影休憩を挟み飛ばしたこともあり、予定の1時間前の2時半頃に出雲大社に到着。

途中。関門橋を車で渡った。車で渡ったのは多分始めて。SFのゴールデンゲイト程の巨大感はなし。

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三次インターから人気の無い片道一車線をひたすら出雲へ。途中豪雨とかで路が不通になっていたらどうしよう、と心配するほどの山道。

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途中の志津見ダムで撮影休憩

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2時半頃に出雲大社到着。神社の左手(西側)の臨時駐車場(無料)に車を停めて、参道を途中でショートカットするような感じで入り込む。

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それでもかなり飛ばしたしたので予定の1時間前には到着。 三次から出雲までは片道一車線で殆ど車を見ないような田舎道、出雲は相当隔離されていると感じた。

神社についてはまた改めて。

夕食はホテルの前の居酒屋で、魚料理3品と、餃子にご飯、それに名産のしじみ汁に生ジョッキ2杯で2800円、安い!

<世界のニュース>
朝世界のニュースを見る。ヨーロッパの今週のニュースではシリアからの難民が密入国しようとして百人単位で保冷車の中で窒息死しているいたとのニュース、あまりにも痛ましい。それと地中海での難民船沈没出の死者も相当な数。さらにそうして何とか無事辿り着いた彼らも難民施設での襲撃事件の被害も受けているらしい。ヨーロッパにおける移民・難民の問題はかなり重い事柄。

一方、ブルームバーグのニュースでは先週の中国発と云われる株価暴落については、「色々あったが、現在では落ち着いている」とのヨーロッパの冷静な反応に対し、日本での報道は中国発バブル崩壊と騒ぎ立てている、かなりな温度差あり。昨日のプライムニュースでも話題になっていたが、日本のマスコミには中国のバブル崩壊を期待?するような大げさな傾向があるのか?
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2015/8/29

金曜のBSフジプライムニュース  試行,指向,志向、思考

ゲストは柯隆氏。比較的信頼出来る人と考えている。
http://www.spc.jst.go.jp/experiences/karyu/karyu_profile.html

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<データーベース>
中国には1億の株主がいる。ただし重複しているのでそれ程多いわけではない。
個人投資家が殆どで、しかも誰もがリスクテイカー。
構造転換(工業からサービス業、外需から内需)をしなければならないが遅れている。不動産開発投資がまだ10%もある。これが問題。ただし此処が落ちると鉄鋼等が打撃を受ける。

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実体経済と株式市場は乖離している。
自動車産業は50%遊んでいる、過剰投資>不良債権化

生産性が上がらないのは研究開発していないから。それはブランドや知的財産が守られていないから。
国有企業が独占して、改革を邪魔している。
GDPは+7%でなく+5%程度

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今は地方政府の報告を積算してGDPを出していない。やり方を変えた。

4兆元(80兆円)が民間に金が行ってない、株に行っている。
銀行の利ざやは3%、これを使い国有企業の不良債権を支えている。

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両者とも、今回の株式市場への介入や、人民元切り下げはAIIBに非常に悪影響。 指導者(习近平)がマーケットを理解していない(対話していない)ことを他の国が恐れはじめた。

9月3日前後の動きでイデオロギー優先の動きをすれば、とても悪い動きになる。李克強より上の意志が働いているようだ。明言されなかったが、両者とも指導者に対する不信感を持っている。生番組でみると色々言外に判ることがあり面白い♪

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中国で軍事クーデターが起これば最悪。
日中が経済対話していないのは拙い。
日本の対中投資のスタイルも代える必要あり。共に高齢化社会。クレーンを売るようなビジネスがもはや時代遅れ。
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2015/8/28

予告編2  

夏休みを3日とらないといけないことになっている。休日出勤が多い身としてはそちらの方を勘弁して貰いたい限りだが、書類上必要なのか? 今年の夏は中国に行く予定が延期になったのでその分、春節にまわして貰える方がいいのだが…

さて、夏休み初日、昼から行きつけのスターバックスに行く。平日はこの時間帯にはいけないので、平日でもお客が多いのに驚く。やはり良い商売をしている。コーヒーの為にお客が集まるわけではないことを確信する。

スターバックスと「餃子の王将」の間には個人的にある共通点がある。それは共に出先で贔屓にした店が、戻って来た時に一緒に福岡にやって来たという奇妙な共通項。

大学院生の時、京都大学でしばらく研究をさせてもらう機会を得た。その時京都で初めて、そしてちょくちょく行く様になったのが「餃子の王将」である。貧乏学生にとっては安くお腹いっぱい食べられる店という刷り込みがその時出来上がった(笑)その後、福岡に帰ったきたら「餃子の王将」を福岡でみた。

それと同じく、スターバックスもStanford留学時代にはじめて知った。そして帰国したら驚いたことに福岡にスターバックスもやってきた。実際には「同時」であったかどうかは共に定かではない。もしかすると両方とも既に来ていたのかもしれない、ただ単に知らなかった可能性はある。

いずれにせよの休日初日。再び『脳のなかの天使』を、コーヒーを飲みながら読む。そこでミラーミューロンが出てくる。この脳神経細胞の機能は『他者の視点から世界を見る能力』と博士は表現する。p172

この能力は何も人だけが持つものではなく、猿も持つ事が1990年代にイタリアのグループが証明している。猿に神経インパルス測定機器(脳波計?)をつけた実験からピーナッツを実験者であるヒトが摘むと、その行動を見た猿が、猿自身が摘んだときと同じインパルスを発するらしい。p176

著者は云う、これはヒトを含む霊長類にように極めて社会的動物では不可欠の特性かもしれないと。即ち、ミラーニューロンは他者の模倣を可能にし、他者が開発した文化の継承のお膳立てをするの可能性を示唆する。p178

実はこの文章を読みながら頭の中では全然、別のことを思い浮かべていた。それは『他者の視点から世界を見る能力』が著しく欠いた政治家の存在である。誰とは云わないが、想像できるだろうか?(笑) 彼のそうした行動の根本には、そうしたミラーニューロンの未発達が原因なのかもしれない。もしこの妄想が事実の一端をついているなら彼の、

他者の声に耳を傾けない、
自分自身の世界観に閉じこもる、
発言の非論理性、
反知性的行動も、
また国会討論の場で己の立場を忘れてヤジを飛ばす未熟な態度も説明できるかもしれない(笑)。
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2015/8/28

予告編  お勧めの1冊

『脳のなかの天使』予告編
あまりにも面白いので、1つだけ予告編

世の中には「共感覚」を持つという人がいるらしい、遺伝性の可能性も高い。これは数字などを見て色がついていると訴える人。これが嘘を言っているのかどうかを客観的に確かめるテストを著者は考案した。それが下の図。 なおこれは私の自作の図、このblogに載せるためわざわざパワーポイントで作図した。

「共感覚」を持つ人は0.5秒の間に、右側にも左側の三角と同じような、四角の「ホップアウト」が見えると云う。お試しあれ! ただし0.5秒で! 

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『脳のなかの天使』p137 より、
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2015/8/28

『グローバル・ディアスポラ3』7  お勧めの1冊

『グローバル・ディアスポラ3』7
序文を読んで読み終わろうと最初思っていたのだが、ここに初めて聞くようなことが書いてあった。

それはアラビア半島のオマーンが17世紀、当時東アフリカを支配していたポルトガルを駆逐し、この地帯を植民化しただけでなく、首都さえも移したということ。やがて19世紀末にイギリスに支配されたがアラブは支配層に留まった。さらに1963年の独立し、その直後に支配層のアラブ人がアフリカ人に一万人以上虐殺され、多くのアラブ人がオマーンに帰還したとのこと。驚いた、これは一度読んでみないといけないと思った。p28

著者は云う、

「あまり知られていないことだが、実はオマーンがかつて東アフリカ沿岸部に植民地を築き、現タンザニアの沖合に浮かぶ小さな島、ザンジバルに首都を移したことから、多くのオマーン人が東アフリカに移住した… 1970年以降いっせいに本国に帰還して」p244

まさしく初めて知ることだ。著者によればオマーンの総人口240万人のうちアフリカ系は10〜30万人とか。彼らは一般的に教育程度が高く、政治経済的に高い地位を占めるいわば官僚エリート層。彼らは入植型帰還移民に分類される。p245

この突然の大量帰還は1963年のザンジバルの独立と、その直後におこったアフリカ系住民による1万人以上のオマーン移民が殺害され、70年にオマーンの現スルタンが在外移民を呼び寄せる政策にでたことにより短時間で数万人の帰還が起こった。(1970年時点でのオマーンの人口は66万人) p249

これらオマーン移民はスワヒリ系のモスリムアフリカ人と結婚したが、アラブの系譜上は生まれた子供はすべてアラブとされたという背景もある。p262
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2015/8/27

『グローバル・ディアスポラ3』6  お勧めの1冊

『グローバル・ディアスポラ3』6
この本を読みはじめた時点では、拾い読みするつもりだった。とりあえず中央アジア、クルド、アルメニアの章だけを考えていた。そんなわけで何時もなら読む序文も、あとがきも読んでいなかった。今回目的の章を読んだ後で、改めて序文やあとがきを読むことになった。そうすると、何時もなら気がつかないことに気がついた。序文で編者の宮治氏はアルメニアについて以下の様に書いている。

『(著者の)吉村は世界に離散した、アルメニア人のアイデンティティーの核はアルメニア語と五世紀頃に成立した独自のアルメニア文字、民族宗教の様相を呈したアルメニア教会であるとするが…』p21

しかしこの章を読んだ者としては、著者である吉村氏はそんなことは言っていないと思う。証拠に著者の最後の文章をそのまま引用しよう。

『…アルメニア人社会のアイデンティティーの核となっているものは何であろうか。よく指摘されるのが、民族宗教の様相を呈したアルメニア教会、アルメニア語や紀元後五世紀頃に成立した独自のアルメニア文字であるが、近代のアルメニア人社会においては世俗化も進み、皆が信仰心の篤い生活を送っているわけではなく、さらに移住先での社会に同化され、アルメニア語が話せない人も多い。
 明らかに近代の政治ディアスポラ化を決定的にしたのは第一次世界大戦下の「アルメニア人虐殺・追放」で、この事を悲劇として共有出来るものがアルメニア人であると考えられる…』p96

どうだろう? 著者の云わんとするところは、序文で紹介されたものとは違うのではないか? この序文を編者が書かれた時点で著者はこのことを指摘しなかったのが不思議だ。それとも私の理解が間違っているのか?

著者は『中東イスラーム世界のアイデンティティーの構造が、歴史的にみて非常に柔軟なものであり』という。p17

確かにそうだと思う。アラブ系、ペルシャ系、トルコ系、そして東アフリカのスワヒリ系イスラームではかなり違いと感じる。


サイイドは予言者の血を引く人々の呼称。p27
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2015/8/26

「近視眼」というより「勉強嫌い」  教育

台風が来る前に出勤しようと6時前に家を出たが、実際はその頃が一番風雨が酷かった気がする。8時すぎには無風状態で、居室の窓をあけたくらい。台風一過。



日経web版の鈴木幸一氏の経営者ブログを読む。タイトルは『文学部など潰してしまえ? 』
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO90880960U5A820C1000000/?df=2

著者は佐藤氏の以下の文章を引用され、文部省の通知する前提となる「社会的要請」そのものが、知性というものに対する追い打ちのようなもので、短絡的な発想だとしか思えないと述べられている、実に同感である。

 「2015年6月、文部省が国立大学に伝えた通知は、文学部など人文系の学部・大学院に関して、廃止あるいは社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう求めている。経済界、財務省、官邸の意向も働いての要求らしい。(略)だいじなのは、過去につくられた文化は、絶えず新しい読みなおしを加えられることによってのみ生命を保ち得る。対象は古典でも視点は現在にある。そういう場で学生が本当の意味での批判の手続きに熟達するなら、その思考力は応用に堪える。」 佐藤康弘「近視眼」より、

私に言わせれば、いまの官邸やその取り巻き連中が「近視眼」だというよりも、「勉強嫌い」だというのが正確なところ。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3412/trackback

何故、「勉強嫌い」というのか? 大学で教える内容を一通りマスターすれば即、社会で役に立つというのは実は学生にとってはとても楽なこと。求められる事が既にカリキュラムの中で用意されているということ。つまり試験範囲が限定されることに他ならない。すぐ役に立つ授業とはそういうものだ。


そうした中に自主性や創造性は絶対に生まれない。教科書に書かれていないことに興味を持ち、あるいは教科書で示された解答に疑問を持つことで初めて創造的な学問や研究というのはなされるものだ。学問の進歩とはそれまでの知的体系の創造的破壊のはず。すぐ役に立つ教育からそのようなものは生まれるはずがない。

自主的な勉強がやりたくない「勉強嫌い」だからこそ、すべて用意され、すぐ役に立つ大学教育を求めるのではないか。


それに実際問題、いますぐ役立つ学問や技術などは、20年もたてば役に立たない。
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真面目で育ちの良い若者よりは、乱暴で無礼な若者から、次世代の革命的技術が生まれてきた方が多い。Appleのジョブズ氏も、MSのビル・ゲイツ氏もdrop outだが、その大学から様々な刺激を受けて新しい世界を切り開いた。 StanfordやHarvardから名誉学位が授与された時、期せずして二人とも、

「大学を出ていない私が大学からこのような学位を得られて嬉しい」と語っている。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/2426/trackback
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90年代のアメリカ経済の復活の真の原動力は彼らに代表される知的創造者だった。ジョブズ氏やゲイツ氏はもちろん、それに続いた2人の若いGoogleの創始者(1人もStanfordを中退している)をその例に挙げることができるだろう。 
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「役に立つ」授業もいいが、本当に必要なのは刺激を与える場を提供するのが大学の真の役割。文科省自らが、(教員が)教える事に重きを置く教育から(学生が)学んだことに重きを置く教育に重点を代えるべきだと言っていたはずではないか?!
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だとするなら看板だけ「文学部」から他の「ナンチャラ総合学部」などに代えるような姑息な大学改革は成功しないだろう。


たまたまAKTAの修理にメーカーの方が来られていた。
http://www.gelifesciences.co.jp/catalog/1566.html

昔の機械ならある程度修理の真似事ができたが、今の機械は基盤が入っているので我々素人ではお手上げだ。
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そこで事務処理話のついでに聞いてみた、『このような修理は学校でどんな勉強をすれば出来るようになるのか』と。答えて曰く、『大学での勉強は関係ない、習うのは現場』だと。大学での勉強はあくまで基礎と考え方。 「直ぐに役に立つ」知識などは10年たてば役に立たないことのよい例だろう。

基盤が収まった心臓部。

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機械本体

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遠隔操作のPCが不良部分を指示している。曰く、「The connection system is broken」

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2015/8/25

『グローバル・ディアスポラ3』5  お勧めの1冊

最近の世界の株価の推移をみると、やはり株はゼロサムゲームだなと思う。「短期的にはゼロサムだが、長期的には(教科書的には)企業に付加価値をつける機能がある」とのことだが、信じてはいない。
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評論家はやれ「中国の成長は止まっている」だの、「幽霊ビルが乱立する不動産バブル」だとの<後出しジャンケン>みたいなことを言うが、それでは「何時」崩壊するか、どのくらい崩壊するか正確な予測をした人はいない。(いたら、誰も騒がない)


<独断と偏見の予測>
いまあちこちで「中国発バブル」が囁かれている。

結論から言えば、どんな手段を使っても中国政府は市場介入や公共事業を奮発してバブル崩壊をさせないと思っている。中国にはまだそれだけの体力と金はある。またそれは、中国の面子の問題でもあるし、体制維持の為でもあるから。なにより中国は基本、社会主義の国。

さてこの予想が当たるか、外れるか。当たれば中国理解はそのままの線でいいということ。外れれば考えを改めればいいこと。


『グローバル・ディアスポラ3』5
3章でアルメニアと周辺国の地図が出ている。飛び地がここも多い。アゼルバイジャンの中のアルメニアの飛び地のうち、この本で議論されたカラバフは現在、アゼルバイジャンの自治区になったようだGoogle mapで見れば国境はない。しかし今でも小さい領域での飛び地がある。

https://www.google.co.jp/maps/@40.8624933,45.3195477,10z

日本も韓国や中国の間に島を巡る国境問題を抱えている。中央アジアの国は異なる民族が混在している為に、国境問題は非常に難しいようだが、実は陸続きのため逆に色々妥協の余地はあるようだ。やはりこれが島となると余りに象徴的で難しい。まさか島の半分で分けるというわけにはいかないだろう。国土はお互い妥協のできない事柄、それなら戦争で決着をつけるか? 歴史的には戦争が唯一の決着手段。 

   …それだけの覚悟がないなら、ここはそれぞれ自己の主張を繰り返して放置するしかないのでは? 

中央アジアと中国、ロシアの国境はそれぞれが平和的に妥協し、双方の面子を立てて歴史上はじめて確定したとか。その知恵を拝借したいが、ことはそれほど簡単ではない。


最後に著者はアルメニア人のアイデンティティーの源について議論する。これについては既に先行して話題にしたので此処では繰り返さない。
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しかし、

「アルメニア人虐殺」を悲劇として共有出来る者こそがアルメニア人であると考えられる」と述べる著者の言葉は深いものがある。
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