2016/5/31

『環境考古学への招待』2  お勧めの1冊

<ダーウインの箴言>
輸出が低調な理由は新興国経済の減速ばかりとも言い切れないとして、原因に考えられるものに、1)海外の消費地での生産拡大と、 2)もう一つが新興国の技術力の向上が挙げられているとか。
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO02936310Z20C16A5SHA000/

2015年度の日本の経常黒字は18兆円で、ほとんどが配当などの所得収支の黒字。海外にものを輸出するのではなく、投資を通じて稼ぐ仕組みに変わりつつある。貿易立国から投資立国へ転換していけなければならないのに、いつまでも円安で輸出拡大という考えでは、過去の成功体験に縋るやり方では生き残れない。

<ダーウインの箴言>
強いものが生き残るのでも、賢いものが生き残るのでもない。
生き残るものは変化するもの。



『環境考古学への招待』2
さてここでこれまで考えられていたことを覆すような仮説が紹介されている。それは3世紀〜7世紀にかけてみられる導水施設である。これまでの説ではこれはある種の宗教的儀式=神聖な水にまつわる祭祀跡というのが定説だが、著者はここで多数の回虫、蟯虫、吸虫卵が発見されることから水洗トイレ説を唱えている。これは驚きだ。著者はいずれ時間が解決すると述べている。p56

さらに縄文遺跡からは鞭虫のみが認められ回虫は弥生からはじめてみられることから著者は稲作とともにもたらされたという。P58

これまでの文献史学では糞尿が肥料として利用されるのは鎌倉以降だとされているが、著者は7世紀の汲み取り式トイレの出現から人糞肥料の実用化の始まりかもしれないという。P61
これに関しては西欧では人糞が肥料として利用されるのは稀で、フランドル地方で特記されるくらいだ。これについて、西欧中世では下肥に関しては殆ど文献が見当たらないが、日本の中世に関する文献だとすぐ目に付く。 これはもしかすると、身体性に繋がるものを西欧では忌み嫌うことに関係があるかもしれない。これは私の独断と偏見。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/85/trackback
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2016/5/30

『環境考古学への招待』  お勧めの1冊

<元はと言えば民主党に責任あり>
如何に経済音痴の私でも安部首相の世界経済リスク発言は無理筋だと感じたが、案の定それを口実に消費税延期の意向とか。ダシに使われたG6の面々は内心、不愉快なのではないか? 日本の政局のためにG7が使われたとするなら、まさに日本の恥。

思うに、安部氏は個人的な諸々の事柄(じいちゃんトラウマやアベノミクス失敗の隠蔽など)を国事よりも優先する人物。あのような小人が首相であることの無念さ。考えるに、こうしたことの根本的、かつ最大の責任はかつての民主党。政権交代は大きな失望を国民に与えた。 あれで、野党は完全に信頼を失い、これから先何年も政権交代はないだろうが、実に日本の政治にとって不幸なこと。

2年ではなく、2年半にしたのは、19年10月の方が選挙を戦いやすいとの判断という分析もある
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS29H23_Z20C16A5MM8000/?dg=1

<海外メディアはどう伝えたか>
難しい判断を後任に先送りする」   あるいは

「今後は、G7の首脳たちを説得できなかった安倍総理大臣の主張を、日本の有権者たちが受け入れるかどうかが焦点だ」

と皮肉を込めて伝えたとか。 実に情けない!

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160530/k10010539541000.html?utm_int=all_side_ranking-social_004




『環境考古学への招待』
副題:発掘からわかる食・トイレ・戦争、岩波新書930、松井章著、2005年初版。

文献のない古代は考古学によるしかないのだが、最近は発掘も格段に進歩し、遺物の遺伝子解析やここで紹介される顕微鏡レベルの発掘で、今まで知られていなかった思いもかけぬ発見が続々となされているようだ。

初めて知ったのだが、縄文時代は東日本の方が人口密度も文化程度も高かったらしい。東北は冬寒いので意外に感じた。その理由として「鮭鱒論」というのがあるらしい。それは東日本の縄文人はドングリの他に鮭や鱒を主食に出来たのでドングリだけに頼っていた西日本の縄文人にくらべ有利だったという仮説である。ところがこれについては反論があって、実は東日本の縄文遺跡に鮭、鱒の遺物が稀にしか発掘されていないことが理由らしい。P15

それに1つのヒントを得たのが、細かく砕けた骨の中にこうした魚類の破片が見つかり始めたことがあるとか。結論は塩締めができるように塩が十分に取れるようになったのは平安時代からでそのはるか前の縄文時代は鮭や鱒は燻製や乾燥させて棒鱈のようにカチンカチンに保存されて食用とされていたので食べるときは石皿などで骨ごと砕いて食用にしたのかもしれず、そうなると骨は残らない。その後、塩鮭が普及すると柔らかいので、骨とわけて食べられるようになり、骨が残りはじめたと。なるほどと思った。 もちろんそれでもまで仮説にすぎないがとても説得力がある。p20 

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2016/5/29

情報源あるいは試験問題の選別  試行,指向,志向、思考

オバマ氏の演説について様々な評価があることは知っている。私のように「素晴らしい」と感じた人も、逆に「白々しい」と感じた人もいるだろう。

ただ私が言いたいことはアメリカという国が、 『現実がどうであれ、理念(=理想)のある国』 だということだ、それが私をしてアメリカ大好き人間にしている。




世の中に溢れる情報、その中からどうやって正しい情報を選抜するか、これはなかなか難しい。例えば素人が経済や外交の高度な情報についてそれを選抜する能力があるとは思えない。しかし、全く方法がないわけではない。今回はそれについての個人的な選択法について。

簡単に言えば、個々の情報の真偽、あるいは価値について云々するよりは、情報源の質を予め調べて信頼できる情報源と怪しい情報源を峻別しておく方が簡単だということ。




今読んでいる本の中で、外交情報をどうやって選別するかが議論されていた。著者はいう、

『嘘は必ずバレる。1回目はバレなくても2回目になると辻褄が合わなくなる』p109

これは部下からの情報をどのように選別したかについての文章に出てくるものである。まさに同感である。

情報は整合性に注意して分析していけば嘘や間違いは整合性がとれず気がつくものである。だから情報源は複数、しかも出来るだけ立場の異なるところから入手することが重要で、時には自分の足で収集することも必要とされた。情報収集を人任せにすれば真偽を見分ける能力も低下すると著者は述べる。なるほどと思う。

しかしそれ以上に私が重要だと考えていることは、

<それぞれの情報の正しさを後から検証して、間違った情報を出した個人や組織をその後、情報源から排除する>

ということ。つまり情報源の選別。個々の情報の真偽に労力をかけるよりこれの方が効果的だと常々考えている。だから「信頼できる」評論家とそうでない評論家を私は識別している。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/2114/trackback
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1605/trackback




最近同じような選抜法について議論したことを思い出す。それは、上の話題とは直接関係のない話だが、プール試験問題のブラッシュアップについての議論。

会議での席上。

『手間暇かけて分野の異なる教員が個々の試験問題のブラッシュアップをしても時間の無駄だ』

と私は言い切った。 それよりも試験結果から、正答率が低いもの、*識別係数が悪い問題を排除していけばよいと発言した。

*識別係数とは簡単に言えば、その問題が成績判定に適切かどうか、を表した数字で、「よく勉強した人が正答できて、あまり勉強していない人が正答できない問題」が良問という考え方。進化的淘汰法とも言える。詳しくは下のURLで。
http://ameblo.jp/sekipee/entry-12002439315.html

正答率が適当で(例えば90%の正答率であれば、易しすぎる問題だし、逆に30%程度なら難問過ぎるということで排除する)しかも識別係数が0.40を越えると良問ということで残せばよい。これらの数字は目的に応じて上下させればよいだけ。例えば多くの学生から優秀な学生を<選抜>したいのであれば、正答率が低くても識別係数が+1に近いものを選別すればよい。こうして自動的に試験問題を進化淘汰することで適切な問題を分類し(選抜問題として適切な問題から、資格試験として適切な問題まで)選抜できる。



このやり方は、先に述べた外交や経済の情報からどのように正確なものを選び出すかという方法と通じるものがある。数字でナンボの世界。
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2016/5/29

安部氏のスピーチへの違和感 & ゲスの勘ぐり  試行,指向,志向、思考

先のG7における安部氏の世界経済のリスクについてのスピーチに違和感を感じたのは私だけではないようだ。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4509/trackback

下のURLの記事を読んでいただければ2人の評論家も違った視点からではあるが、彼の論理の「無理筋」を指摘されていることがわかる。
http://agora-web.jp/archives/2019403.html
http://blog.livedoor.jp/columnistseiji/archives/51672740.html

ともによく意見を参考にさせてもらっている2人の評論家だが、しばしば意見の異なることが多い。特にアゴラの池田氏についてはほとんど同意できないことの方が多い。それでも私と同様に違和感を感じられたという点を強調しておきたい。

私には安部氏があちらこちらから自分の都合のいいようなデーターをかき集めてきてこしらえた、スピーチのようにしか思えない。



「リスク」と「危機」
以前、ここでも「リスク」と「確率」が異なる概念で、しばしば混乱して使われていることを指摘した。同様なことがG7での安部氏の発言にも見られるようだ。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4456/trackback

「危機」は今ある現実。その点では現在世界経済は危機に直面していない。一方、「リスク」は常に存在するもので、それが甚大な影響を及ぼす場合。たとえ「確率」が小さくても「リスクは大きい」。

リスクに備えることは安部さんの言うように重要なことだが、いつでも経済リスクはある。しかし今、目の前に経済危機はない



第一、何故今、新興国(=中国)経済にリスク要因があるのか?

リーマンショック後に中国は膨大な財政出動をしてある意味、世界経済を救った一面がある。しかしその後遺症が今現れているのではないか? この時の過剰設備投資が現在の物余りがダンピングやデフレを引き起こしているのではないか? それならば安部氏の言う、

「財政出動」そのものがまた同じことを将来引き起こすのではないかとの理解がなぜできない? そのようなことに持続可能性がないことをなぜ気がつかない? 

だからドイツを筆頭に世界の首脳陣から理解が得られないのだ。



<論文再考>
前回紹介した論文は調べてみるとかなり有名な雑誌に掲載されたものようで、その雑誌(EPIDEMIOLOGY)の5years Impact Factor Ave.は6程度(IF=6)。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4507/trackback

普段私が投稿する雑誌のそれが3程度で、去年の論文のようにIF=6の雑誌に掲載されると乾杯ものだ。もっとも上には上がいて、NatureとかScienceレベルになるとそれが一気に30とか40とかに跳ね上がる。いずれにせよこの論文が掲載されたEPIDEMIOLOGYは権威ある雑誌。先の批判者はこの雑誌の*査読が不十分ではなかったのかとの疑問を出している。
http://ishiyoshi414.hatenablog.com/entry/2016/04/08/012933

* 査読というのは投稿された論文が掲載に適切かどうかを判定する審査で、通常2〜3名のその分野における権威者が無報酬で行います。ただし競争相手の論文には辛い点をつけることがあり得るので、投稿者はこの人には査読を頼まないで、と注文をつけることも可能。

確かに先のblogの議論を読むと、専門外ではあるが、欠陥の多い論文であることは理解できる。ではなぜ、この論文がそうした雑誌に掲載されたのか?  Blog 主が言うように単に査読に関与したレフリーの力量不足なのだろうか?

私は別の可能性もあるのではないかと思っている。それは近年Online journalの普及で専門雑誌の世界もかなりな競争に晒されている。そうした中で昔大変権威があった雑誌が戦略を間違ったため、最近のIFがとても低くなってしまった例も知っている。とにかくOpen accessの論文が異常に高いIFを示す。それはそうだろう。読者はお金を払わなくても論文をダウンロードできるから、当然引用回数は増える=IF上昇ということになる。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4302/trackback

以下は『ゲスの勘ぐり』だが、EPIDEMIOLOGYは上記の論文に致命的問題があるのを承知の上で、掲載したのではなかろうか? そうすれば内容が内容だけに世間の注目を浴びる。その分野の専門家以外からもこの論文の引用が当然増えるだろう。引用回数がIFの数字に現れるのでNegativeな評価であれ、雑誌社はポイントを高めることができる。この雑誌がこうした宣伝の「禁じ手」を使ったという可能性はないのだろうか?
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2016/5/28

オバマ大統領のスピーチ@広島  試行,指向,志向、思考

帰宅途中の車の中でオバマ大統領のスピーチを聞いた。文学的なものだった。そして素晴らしい出来事だと思う。

スピーチの一節で、「私の生きている間にはできないかもしれない」という言葉を聞いたような気がする。唐突に『背教者ユリアヌス』の一節を思い出し感動した。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/21/trackback
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2016/5/28

経済は別の原理で動く?  試行,指向,志向、思考

消費税延期の布石がどんどん敷かれているとの報道。今、上げなければ何時上げられると思っているのか? 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160527-00000005-mai-pol

つい先日の報道では、日本の経常利益の合計は31兆860億円で過去最高だった去年とほぼ同水準だとしていた。これって今日本の経済が良いって話ではなかったのか? 

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また、昨日も書いたように今春の大卒就職率は過去最高の97.3%でリーマン・ショック前を上回るという話も出ていた。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4507/trackback

一方で「鰐の口」はややこの数年閉じつつあるが、それでも平成28年度だけでもその差は40兆円。毎年これだけの借金を重ねているということ。
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/003.htm

公的債務残高のGDP比232%(2016年)にものぼる国は日本以外にないが? (ギリシャが200%で二位、 2016年)この数値は増え続けている。75%のドイツにしてみればとんでもない話だろう。
http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/007.htm

これを放置しておいても大丈夫だと皆考えているのだろうか?
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4352/trackback

立場を明らかにすれば、消費税は格差を拡大し、消費を抑制するので財政健全化のためにはよい方法ではない。本当に必要なのは、相続税の増税(過去並み復活)と外形標準課税の拡大だ。努力はされているが、今度も続ける必要が有ると考えている。 しかし現状では他に方法がないし、消費税UPは予定されたもののはずである。
http://www.mof.go.jp/tax_policy/publication/brochure/zeisei15/01.htm

どんなに赤字の企業でも社会インフラのおかげで企業は成り立っている。赤字だから免除というのはおかしいし、第一これがゾンビ企業を生きながらせる原因にもなっている。進化と淘汰は必要なのは生物の世界だけの話ではない。なぜこうした当たり前の論理が経済の世界では通じないのか、はたまた経済は自然科学の世界とは別の原理で動いているというのか? 
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2016/5/27

高齢者の「矜持」が求められる  震災ー原発事故

福島の原発事故から5年、チェルノブイリの経験からそろそろ注意すべき時期だと思い、いろいろアンテナを広げていたが。冷静で,それなりに納得できる議論を見つけたので紹介したい。
http://ishiyoshi414.hatenablog.com/entry/2016/04/08/012933
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3257/trackback

これは小児癌の発生が周辺に比べ高いという、最近出た論文に対する批判的議論であるが、とてもバランスがとれたもので、結論ありきのそのほかの議論に比べ信頼できると感じた。個人的には原発事故の影響が出るほどの発生率の上昇はないだろうと考えている。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3743/trackback

問題の論文の表紙 
結論として福島周辺での小児がんの高発生率はスクリーニング効果(無選択検査による人為的効果)では説明つなかいとしている。(Conclusionsの部分)Openなので誰でも上記blogからのURLで入手可能

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<少子化が問題ではなく人口オーナスが問題>
今春の大卒就職率は過去最高の97.3%(うち文系は97.1%、理系は98.2%) これはリーマン・ショック前を上回るそうである。 それならば大変好景気ということになりそうだが、そんなことをいう人は誰もいない。なお過去最低だったのは2011年の91.0%。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG19H7L_Q6A520C1MM0000/?dg=1&nf=1

経済規模の縮小や少子高齢化が暗い影を落としているのだろうが、人口減少社会では経済規模が低下していくのは当然のことで、昔から人口動静で経済をみてきた者にとっては何を今更という感じがある。 それに歴史上、飢餓や戦乱なしで人口が低下した社会は珍しいが、実は幸福な社会でもある。第一、制限なき人口増加の方が、持続可能性がないのは少し考えればわかること。 そうした社会は過去なかったわけではないが、多くもない。 その例の1つであるフランスは産児制限で人口抑制に努めたことが近代化を進めた原因とToddは分析している。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1305/trackback

つまり、人口減少や少子高齢化そのものが問題ではなく人口オーナス、つまり(子供と高齢者人口)対(生産人口)の比の低下が問題なのだ。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3598/trackback

よく誤解されている点だが、今すぐ出生率を急激に上げれば、今後20年間くらい依存人口(子供)が増えるので、逆にこの問題を悪化させる。その理屈や知識もなく、ただ単に「子供をもっと産まなければならない」というだけの単細胞評論家があまりにも多い。

問題が(子供と高齢者人口)対(生産人口)の比の低下であるとすれば、生産人口比をあげればよい。つまり高齢者には引退させないでもっと長く働いてもらう。年金を減額すればよいだけのことだ、すでに処方箋は出ていると思うが? ここに高齢者の「矜持」が求められるというもの。
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2016/5/26

自治体からのお知らせ  

福岡のベッドタウン的存在(都市圏まで車で30分の通勤圏)のこの町でも人口減少が起こっている。平成22年の38,588人から28年の37,411人と6年で千人以上減少している。このまま推移すれば現在の合計特殊出生率からの計算で、H72年頃には25,565人と予測され7割を切る予測だ。通勤圏内のここでも過疎化が進んでいる。

人口動静は「今、ここにある未来」なので、そこから解決策を探らないといけない。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/2228/trackback

一方、1人あたりの年間医療費はH13の156,325円からH26の310,396円と、13年間でほぼ倍増。これは高齢化によるものだろう。私の住む地区は平成元年頃に造成された住宅地で、比較的早く住みだした方だが、なるほど隣人も私と同じ世代で子供はすでに自立しているのか、ほとんど見ない。

この自治体の自主財源の割合は42%でほぼ推移している(H28=47.2億円)。つまり残りの58%は依存財源(H28=64.2億円)とのこと。地方交付税は25.3億円で町債が10億円ほど。

住宅から歩いて30分かかる町の中心地にJR駅があるが無人化して久しい。 ここら辺の住民の通勤通学の足は大抵自家用車かバスとなるが。バスは通学時間帯を除いて1時間に1本あるかないかだ。最近山越えの片道1車線の代わりに片道2車線で、しかも周りに住宅や商店がない直線道路ができてかなり便利になったがそのバイパスの周りの福岡市側に大規模造成が進んでいて新たな住宅地が出来始めている。ただし、山越え後のこちら側には新たな住宅地ができそうな気配はない。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4049/trackback
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2016/5/25

『項羽と劉邦の時代』2  お勧めの1冊

日本のノーベル賞受賞者16人全員について詳しく分析した結果は以下の通り
(2016年版の科学技術白書)

ノーベル賞、45歳までの業績が大半 =これはそうでしょうね。歳とってからは革新的なことはできないでしょう。当たり前といえば当たり前。

20代から30代に任期付きではない安定したポストに就いていた=生活の不安を抱えて研究には没頭できないから、これも当然でしょう。

留学や海外での研究経験が飛躍のきっかけになる=個人的には激しく同感。こうした刺激は大切だし、自分にもできるかもしれないとの幻想を抱かせることも必要な気がする。

科学に興味を持つきっかけは、幼い頃の体験=なるほどね、そういうものですか。それならば、そうした興味をいかに伸ばすかが大切でしょう。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160520-00000081-asahi-pol



『項羽と劉邦の時代』2
この本のあとがきに「できるだけ当時の情勢に即してドキュメント風に描いてみた」p230 という一文があったので読み始めたのだが、やはりどうしても英雄伝的な内容からは離れられず興味がだんだん薄れてきた。それでも半分程度までは読めたのだがついにダウン。

それでも1つだけ、この中で『徐州獅子山楚王陵』に兵馬俑があるとの記述。p224 先日始皇帝兵馬俑の特別展に行ったばかしで興味を持ってwebで調べてみた。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4485/trackback
画像もあったので比較してみると、
http://peopleschina.com/zhuanti/2015-06/11/content_691849.htm

始皇帝兵馬俑との違いに驚く。始皇帝のそれが実に写実的で個性的なのに比べ、こちらの方はかなり様式化していて個性がない。上の『項羽と劉邦の時代』の中にも秦と楚とは異なった文化圏という記載があったが、それを象徴するかのような美的相違点が感じられた。

もっとも、時代の違いにすぎないとの意見もあったが、、
http://blogs.yahoo.co.jp/xuzhoumoemoe/36339770.html
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2016/5/24

『項羽と劉邦の時代』  お勧めの1冊

先日のデーターでは、2015年11月1日午前0時現在の中国大陸の総人口は、13億7349万人で、また世帯数は4億947万戸。(2011年の都市部の世帯数は2.4億とされているが、都市部の世帯数は不明)とされて、平均家族数は3.10人となっていた。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4495/trackback

今回別のデーターから、2015年国民経済社会発展統計公報によれば、中国人の平均寿命が76.34歳 総人口は13億7462万人(ほぼ同じ)で、前年比で680万人増加。このうち、都市部に定住しているのが7億7116万人で、総人口に占める割合は56.1%と前年比から1.33%上昇。
http://www.recordchina.co.jp/a130129.html

両者から推定するに、都市部の世帯数はだいたい、平均家族数から2億4,900万戸ほどになる。2011年から微増というところだろうか?



『項羽と劉邦の時代』
副題:秦漢帝国興亡史、藤田勝久著、講談社、2006年初版。

秦漢時代の県の行政範囲は100里(約40キロ)、県城を中心として、半径20キロ、ちょうど人が1日に歩いて往復できる距離だそうだ。p52

ここで「陳渉呉広の乱」が議論される。彼らがこの乱を起こした背景に秦に滅ぼされた楚国の復活を掲げ、その正当性の根拠とした。p77 事実、この乱の実態をみると

『王侯将相いずくんぞ種あらんや』 というスローガンからみると上の説明に矛盾するような気もするのだが、これについてはどうなのだろう? 

この反乱軍が陳の県城に到達した時点でのこの反乱軍の戦力が <戦車6〜700乗、騎馬1,000、卒数万>と記録されているが、これは1県あたり5,000〜1万戸をもつ規模で戸ごとに兵1人を徴兵する当時の体制から考えるに数県を統括する郡レベルだとし、彼らが秦の行政システムである郡県制に乗っているとする。p84
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