2016/7/21

『イスラームから見た「世界史」』5   お勧めの1冊

中国専門家でも今回の裁定をどれだけ中央が予測していたのか意見が別れるようだ。人によっては予想外で南海問題は、今後中南海問題になるという人もいれば、いやいや最初から認めないと言っていたし、想定内のことだという人もいる。

ただ、素人の勘として、去年の念頭(2015.1.2),

「新しいリーダーになって少し嫌な方向に中国は動いている」 とも、
「习近平氏にはやはり一種の覇権主義的傾向があるように思える」 とも述べたが、

その予感は案外あたっていたかもしれないとこの頃感じている。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3877/trackback



『イスラームから見た「世界史」』5 
ここでまたイジュティハードが出てきた!
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1096/trackback

著者によればイジュティハードとは「理性にもとづく自由で独立した思考」だそうだ。p195 それならば、ここから現代への飛躍が可能のような気がするのだが(事実私はそのように理解した)
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/326/trackback

しかし著者によれば、「発展される類のものではなく、発見される類のもの」p196 つまりある枠からは出られない=近代化への道筋というとことではないのかもしれない。

それとウラマー=法学者は任命されるものではなく、ある自律的な社会で認められたのちの存在なので、教義に疑義を唱える厄介者は早々に排除されるようだ。p199

ここでウラマーとは別に哲学者の存在が議論される彼らはギリシャ語で書かれたギリシャ・ローマ世界の知的後継者となったという。しかもしれを醸成したのは立派な図書館を持つエジプトのアレクサンドリアだったという。p200

先日、こうしたギリシャ・ローマの文化思想の継承がホラーサンでなされたのではないかと、当てずっぽうなことを述べたが、やはりこれはアレクサンドリアだったのでしょうね。

さて、最後に著者は非常に重要なことを指摘する。それはムスリムが実証的な研究手法を確立できなかった理由の1つに「科学と神学の密接な関係」にあったとする。西欧で科学が神学から自由になれたのにこのイスラームの地ではそれは起こらなかった。つまり、仮説を立て、実験によってそれを実証、ないし反証するという方法論はついに確立しなかったという。p204

とまあ、200ページ以上にわたり読んでみた。確かに読みやすい。しかし表題の『イスラームから見た「世界史」』という題名には偽りあり、とういうのが正直なところ。この本の四分の一をすでに過ぎたのにどこにも<イスラームから見た「世界史」>という内容はない。すべて内容はイスラーム世界の話。それもややもすれば神学や伝説の類。これは表題に偽りありというほかない。さて、これから、少しは変わるのだろうか?
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ