2016/7/26

『イスラームの美術』2  お勧めの1冊

著者は、
『イスラーム地域では中世を通じて科学が著しく発達していた。それはキリスト教と異なり科学が宗教と矛盾することなく歴代王朝により保護されていたからだ』 という。p86 

しかしそれなればなぜ、イスラーム世界はその後、衰退したのか説明できない。バーナード・ルイスはこれについて、アッバース朝後、閉鎖的になり外の本を翻訳することが無くなったからだと論破した。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/131/trackback

この説明は正しいと考える。実際著者も後で述べるように、挿絵が施されたアラビア語写本は14世紀半ばまででその後衰退するという。p88

<ムハンマドの画像化のタブーは最近のトレンド>
「ムハンマド描写の変遷」によれば、ムハンマドは神ではなく預言者であるので、クルアーンやハディースには絵画上での規制は書かれていない。p106 ペルシャでは14世紀までムハンマドは描かれていたようだ。それが次第に聖化され、14世紀〜15世紀にはやや大きめに描かれ、緑色の長衣をまとい、金色の光背を帯びて描かれる。さらに16世紀以降はムハンマドの顔を描くことが忌避される。p107 

そう、ムハンマドの画像のタブー化は最近のトレンドなのだ。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3904/trackback


<データーベースとして>
もともとのアラビア語の「アラビアンナイト」には挿絵はなかったか、あるいは残っていないらしい。18世紀にフランス人のガランが翻訳し、これは世界中で人気になり、挿絵入りでイスラーム世界で出版されるようになったのは19世紀になってからだとか。p91
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ