2016/8/31

『魔女幻想』3  お勧めの1冊

<日韓通貨スワップの再開>
非常に評判が悪い。それは対韓感情上だけでなく、経済的な面からしても全く日本に利益をもたらさないから。そのことは日本政府も十分承知していたはずだし、なぜ再開したのか理解に苦しむ。こうした場合、なんらかの「政治的取引」があったと考えた方が理解しやすいが、どうなのだろう? 

それならそれでよいと私は思う。ただし、そのことを明瞭な形で公表すべきだし、それをしないといずれまた「裏切られた」とか言い出すことになりさらに関係が悪くなると思うのだが?



『魔女幻想』3
曰く、
大陸で異端審判が始まるのは1390年くらいからで、1450年にはこれが3倍に増えている。さらにこれが急増するのは1570年頃だとする。この理由に著者が挙げるのは刑事訴訟システムの変化だという。初期には告発形式で、これは被告の無罪が立証されると、告発者が代わりに刑罰を受ける「タリオン法」の規定があり、それが告発を抑制したとか。ところが糾問形式に徐々に変わり、裁判官自らが容疑者を呼び出す方法に変わることで先の抑制がなくなったこと、また非対称的な告訴形式は裁判官に有利で有罪になりやすくなったことがあるという。p83 さらにこれを助長したのが拷問の採用であるとするが、これは当然だろう。p84

ところで、著者は一次史料が重要だと言いつつも、p98 この本の中でそれを用いて議論することはほとんど無い。あっても著者の一次史料からの「要約」である。 以前読んだ本には具体的な史料を部分的にでも訳して議論を進めているものがあり、やはりそちらの方が説得力がある。あのカルロ・ギンスブルグの『闇の歴史』ではそうした例が取られていた。如何に文庫本という制約はあるにせよ一次史料が重要だというならば、その労は取ってほしい。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/130/trackback

ま、そんなわけでこの本もこれ以上読んでも得るものが少ないように感じた。そろそろ潮時。


<データーベースとして>
ワルド派はヨーロッパ最初の口語訳聖書をつくり聖職者の独占を脅かしたとか。知らなかった。p140 これってすごいことではないか?!
0

2016/8/30

『魔女幻想』2  お勧めの1冊

<思わぬ落とし穴>
先日申請済みの二国間共同研究の相手国申請書にサインが必要なことがわかり、相手側から電子サインを求められた(署名用の電子証明書=e-Tax)。

今回初めて知ったのだが、これはマイナンバーの個人番号カード申請と同時に行うもので、これまで個人番号カードの申請はしてなかった。これはそれまでこうした電子サインを必要とすることがなかったからだ(役所への電子申請やオンラインバンキングでは必要となるらしい)。

とりあえず、至急宅急便でサイン入り書類を送り、同時に電子サインが使えるようにマイナンバーの個人番号カード申請を行う。(後者が使えるようになるには時間がかかりそうで、締め切りには間に合わないだろう)

それにしても、早めに連絡してもらえれば、なんとか手が打てたはずだが、困ったものだ。それにしても電子サインを使っている人はどのくらいいるのだろうか? 少なくとも職場の担当部署に問い合わせた限りにおいては私が最初で、LAN管理者にも問い合わせたが前例がないらしい。

月曜朝からそんなわけでドタバタ劇を演じました(汗)



『魔女幻想』2
マーガレット・マリーやミシュレの分析に対し、著者は杜撰な史料操作や歴史誤認を取り上げ、ほころびの多い仮説だとする。p70

ル・ゴフも彼、ミシュレの 「魔女」は晩年、失望と嫌悪、幻滅のさなかに書かれたと分析している。 とはいえ、そういう著者やル・ゴフの分析も私にとっては、自然科学の教育を受けた立場の人間から言えば緻密な論証からは程遠いと感じる。それについては昔、こうしたル・ゴフの分析にも言及したことがある。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1194/trackback

例えば、著者はギンズブルグの『ベナンダンティー』をエリック・マイディルフォートが「史料的に確認された唯一の悪魔信仰である」としたことについて「これは明らかな誤読である」とするが、p72 その<明らか>という表現に対応する論拠は乏しい。もともと自然科学ではそうした表現は使わない。せいぜい strongly suggested だろう。

いずれにせよ、『ベナンダンティー』を読んだ時、その文献解析に感心したことがあるが、同じような分野でもそうした精密な分析は可能なはず。その違いは逐次的で論理的な解読による。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/130/trackback
0

2016/8/29

『魔女幻想』  お勧めの1冊

<同窓会出席>
参加者で現役の研究者はすべてパワーポイントで現状報告。1人20分が1時間弱になる。半日かけて土曜は研究発表会&同窓会&飲み会。なにしろビール片手に議論が沸く、古き良き時代に学生時代を過ごした。ビール片手にセミナーは珍しくなかった時代。

会場は青島、窓からはサーフィンが見える。1泊したあと、朝の飛行機で帰る、土砂降りの福岡。

クリックすると元のサイズで表示します

科学よりも行政の方の話が多かった人もいたが、これがとても興味ふかい。養殖技術や魚の産卵行動といった、科学の成果が十分に行政レベルにまで反映していない現実があるようだが、それに対し、公的データーベースの必要性を議論してみた。

クリックすると元のサイズで表示します


『魔女幻想』
副題:呪術から読み解くヨーロッパ、度会好一著、中公新書1494、1999年初版。

ここで有名な『魔女の鉄槌』(AD1486)についての記載がある。これは多くの人の目に触れ、魔女幻想が一般化したという意味で重要である。p42

これは、この本により魔術が特殊な技法を必要とすることなく、「悪魔との契約」により超能力が得られるとしたことで <農村の無知な老女を魔女にする道が通じた> 。p44

著者は古代の偉大な神学者であるトーマス・アクィナスの著書から悪魔学が発展してきたと多くの学者が唱える点に異論を出している。なぜなら彼の神学においては悪魔は堕天使であり、神と悪魔の二元論的対決などどこにもなかったという。p54

私が昔読んだ多くの本(『ヨーロッパ異端の源流』、『異端の歴史』などにも、この二元論的悪魔論は東方からやってきたとされている。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/141/trackback
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/116/trackback
0

2016/8/28


「シャルリとは誰か?」で著者は最後に以下のように語る。p306

『(この本を)発表したことで6ヶ月間にわたって多くの侮辱を受けた』 

これはこうしたテロの原因に現代フランスの社会のありようがある、とした彼の主張に対し、フランス社会は他者の宗教を侮辱することを自国民に強い、それをもってフランス人であることを証明する「踏み絵」としたということだ。

この部分を読んだ時、昔このblog上で同じような批判を受けたことを思い出した。

  「Wait a minute・・・step back.」  と言った途端、
  『貴殿は日本国民ですか?』 という反応が来た。

本人は粋がってテロリストに対する「戦い」に、あのトホホのブッシュみたいに敵地に乗り込むつもりなのかもしれないが、その結果として今日のISのような怪物を自ら作り出してしまったことに対する反省も洞察もない。
http://blue.ap.teacup.com/salsa2001/3927.html#comment

傲慢なことを言わせてもらえれば、Toddが自分と同じような批判を同胞から浴びせかけられたのだろうと想像した。

彼はさらに述べ、

『2011年の、しばしば馬鹿にされる、ブッシュの選択がはるかに思い現実(9-11)を受けての選択だったのに対し、フランスは2015年の1月7日のテロに対し、合理主義的で皮肉のセンスがあるはずの精神を失ってしまった』p30 とも。





この本の「日本の読者へ」との序文が書かれたのは2015年の10月25日である。その数週間後、テロはさらに凄惨な形で11月13日、パリで130名もの犠牲者をだし、そして翌年2016年7月14日のニースで、84名の犠牲者をだしたテロへと続く序曲となった。
0

2016/8/27

『中東 I』9  & 『シャルリとは誰か』  お勧めの1冊

『シャルリとは誰か』を読みたくなった。それで「学生寮当直明け」ということを口実に、早々に職場を離脱し少し足を伸ばして隣の市の図書館でこの本をゲットしてきた。 実は予め県内横断検索でこの本を所有する図書館を検索し、利用状況を把握したのち貸し出し可能な本を所有する図書館を調べておいた。ちなみに県内最大の蔵書を持つ福岡市中央図書館は予想通り貸し出し中。


この最近日本語版(2016年1月初版)が出されたこの本、最初の「日本の読者へ」のところしか読んでいないが、1つだけ予告編。

著者は言う、

『もはや自由も平等も友愛も実践していない社会の只中で、フランス的諸価値の卓越性を宣言しました』p5 著者はこれが<自己欺瞞的で排外主義的であった>と述べているわけです。

この理解は、あの「あまり語られることのないフランス」で述べたように『自由、平等、博愛を象徴する三色旗の下で行われた植民地主義』につながる、普遍的な価値を持ち植民地政策を進めたが故にフランス国民がそのことについての真摯な反省がないし、それが現在のフランスを覆う非寛容と排斥主義の元になっていると私は考える。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4275/trackback



『中東 I』9
著者曰く、

『アイユーブ朝のサラディン(サラーフ・アッディーン)は東地中海でのイタリア諸都市の貿易活動を認める代わりに、西アジアに、紅海やインド洋に彼らが進出するのを厳しく禁止した。これはカイロをこの2つの貿易圏の接点として中継取引と金融市場の一大中心地にすることを目的としたもの』 との指摘はなるほどと思える。p148

トルコ人の故郷についてこの章の著者はモンゴル高原とし、「突厥」や「ウイグル」とする。ただしこれについては異論がある。もともと遊牧民は移動が激しく、他の民族との混血も盛んであるのであまりそうした分類は意味がないかもしれない。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4333/trackback

『幻の「東トルキスタン共和国」を行く』 の著者によれば、「ウイグル」の命名はソ連で1921年に開かれた東トルキスタン会議でのかなり政治的な命名だとか。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4040/trackback

<データーベースとして>
トルコ人はもともとシャーマニズムを信じてたので、スーフィズムには親和性があったという。p175
0

2016/8/26

『中東 I』8  お勧めの1冊

案の定、事務方から共同研究事業が3年で定年を超えるとの連絡が来た。大学上層部に最終的な判断を仰いでもらいたいと伝え責任転嫁(笑) いや、学長・理事会はそのためにあるのです、当然でしょう? 

サラリーマンにとって定年は組織の仕組み、個人の意思とは関係ない。その仕組みに従って我々は進路を決めるだけ。

そういえばこの前受かった科学研究費も定年を超えて受け取ることが決まっていますが???
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4436/trackback




『中東 I』8
イブン・ハルドゥーンは歴史を人間同士の社会的結合形態から分析した。これは20世紀フランスのアナール派の「新しい歴史学」に通じるものがあるという。歴史を英雄たちの事跡と捉えるのではなく、社会を生きる人々がいかに歴史を支え、動かしているかという視点である。p144

確かに以前、ここでも、

『イブン・ハルドゥーンは都市の定義を<政治や権力>の関係でではなく、「技術と貨幣の蓄積」でもってする。これはきわめてモダンな都市論』 だと評した。そのことに通じる。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/501/trackback

そうした視点を私はいま <当然と事> として歴史をみているが、そうした立場も実はこのアナール派の「新しい歴史学」から学んだものだろう。そういえばかつてアナール派に凝ったこともあった。 そういう意味で私も「時代の子」ということ。 
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3312/trackback

そして今ではさらに人口動態や識字率から、世界の歴史をみようとする態度は、同じくフランス歴史学の伝統を受け継ぐToddの本から影響を受けたもの。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/52/trackback
0

2016/8/25

『中東 I』7  試行,指向,志向、思考

最終盤をuploadしてようやく申請書にカタをつける。双方で違いがないように相手国へも申請書を送り、国内の人ともやりとりし齟齬がないようにした。あとは、

    人事を尽くして天命を待つ気分
https://www.jsps.go.jp/j-bilat/semina/shinsei_gaiyo.html

<朝日地球会議2016>
朝日地球会議2016にあのE. Toddが来る。「グローバリズムの危機」という題で講演するらしい。残念だが東京、でもきっとYoutubeとかであとからupされるのでは?
http://www.asahi.com/eco/awf/

「シャルリとは誰か?」という本はまだ読んでいない。書評によれば、

『「表現の自由」を掲げた「私はシャルリ」デモが実は偽善的で排外主義的であったことを明らかにした』ということらしい。同感である。現在のヨーロッパにおけるテロの原因の1つが、ヨーロッパ自身にあることはここでなんども取り上げた。

彼の本はかなり読んだ方だが、

『新ヨーロッパ大全』、
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/15/trackback
『移民の運命』、
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/16/trackback
『世界の多様性 家族構造と近代性』
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3536/trackback
『帝国以後』、
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/34/trackback
『経済幻想』、
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/58/trackback
『世界像革命』、
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/51/trackback

どれをとっても得るところがあった。そのうち、『新ヨーロッパ大全』と『移民の運命』の2冊は大著だが、当時はリアルタイムで読書記録を残すことがなかったので残念なことをした。最後に纏めるのは取りこぼしが多い。

いずれにせよ、『シャルリとは誰か?』、図書館で探してみよう!



『中東 I』
神の被造物である「もの」を自由に取引する権利を有するかどうかでイスラーム法は「もの」それ自体は価値を持たない。人が「もの」を利用して労働し、果実を得れば、その果実は人間が所有し自由に売買できるとする。p118 土地と農産物、金塊と金細工の関係に例えられるが、だとすれば、中東諸国が売る原油はどうなのだろう。原油そのものは神の被造物であり、それを売ることはイスラーム法に反することになるのでは?

聖者は神ではないので、現世利益を頼んでも問題はない。聖者は神への取次の位置を占める。なるほど上手い理屈だ。p120 以前北アフリカの聖者信仰についての本を読んだが、そうした典型だろう。実は、この聖者信仰は西欧のそれともハイチのVoodooとも驚くほどの共通性がある。今後の研究が待たれる。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/110/trackback

正統カリフ時代も、その後のウマイヤ朝も征服地には寛容な態度で臨んだ。ジズヤ(人頭税)とハラージュ(地租)さえ払えば、生命はもちろん、自治も財産も信仰さえも従来のまま保障した。1つにはジズヤとハラージュが当該政権の経済的基盤でもあった。なぜならモスリムからはそれらは取られないからだ。それゆえ、ローマ教会(ビザンチン)から異端として迫害されていた、単性派、ユダヤ人、コプト教徒はイスラーム支配を歓迎した。p129

これは、非常に重要な点だろう。正統カリフからウマイヤ朝に至る期間にイスラーム世界が最大規模に拡大した理由の1つ。もう1つの理由は騎馬および駱駝部隊という当時最強の軍事力がある。
0

2016/8/24

『中東 I』6  お勧めの1冊

<ウラーマー>
ウラーマーは聖職者ではない。もともとイスラームに聖職者は教会は存在せず、ウラーマーも裁判官、官僚などの職業を持つ。ただし、例外としてシーア派やオスマントルコではウラーマーという官職があった。p106
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4574/trackback

近代になり世俗化が進むとウラーマーはワクフ制度に依存する経済的基盤を失い宗教家化する。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/496/trackback
それに対応して世俗教育を受けたエリートがイスラム運動を主導していく。p108

<ミドルワールドの貨幣経済>
ムハンマドが活躍した世界はビザンツ帝国の金貨(ディナール金貨)、ササン朝ペルシャの銀貨(ディルハム銀貨)の両方を含む領域だったので征服後は金銀複本位制をとった。p116

<データーベースとして>
バザールはペルシャ、トルコ語系。アラビア語ではスーク p117

バザールしか知らなかった。アラビア語ではスークとのこと。 スークは知らないが、マルチニーク由来のパリのズークは知っているゼ(笑)zoukを踊るのは難しいが!
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/147/trackback
0

2016/8/23

『中東I』 5  お勧めの1冊

中東I
イスラームが拡大するにともない、膨大な改宗者を抱えるに至ったことが、宗教行為に変容を起こし、「聖者」信仰や「聖廟」建設などが進んだとされる。p101 聖者廟の建設はウラマーにより否定糾弾されたが、普及し、とりわけトルコ系支配者の下で次々と建設されたという。p102
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4261/trackback

それはそうだろう。トルコ系などの遊牧民族は中国からビザンチンまで世界を広く知っているのでアラブ系と違い「井の中の蛙」的ではない。仏陀やイコンを知る彼らにはたとえクルアーンやハーディスが禁止しようと、偶像否定は完全にはいかなかっただろう。

また、ここでは議論されていないが、聖者信仰は北アフリカではまた違った展開を見せている。その信仰の中にハイチのVoodooの共通性を指摘している研究者もいるくらいだ。ハイチの民衆はサハラを越えた南側からカリブに拉致されたことを考えると色々想像たくましくなる。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/110/trackback


しかしここで注意しなければならないことは、あくまで聖者は「とりなし」的存在であり神ではない。それはムスレムも、またキリスト教徒も十分承知していた。p102 だから西欧では「とりなし」がうまくいかないと聖者はひどい目に遭わされた=『聖人を辱める儀式』(爆笑)
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/145/trackback
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/76/trackback

<データーベースとして>
クルアーンの翻訳は禁止されている。あくまで翻訳本は解説書の意味合い。さすがイスラーム的融通の良さである(笑)p104
0

2016/8/22

『中東 I、シリーズ知っておきたい』4  お勧めの1冊

<予告編>
あっという間に『爆買いと反日』は読み終わった。実際、爆買いも反日も出てこない。文字通りの「狗頭羊肉」。しかしある意味、予想通りでもあった。著者は『爆買いと反日』の背景を描こうとしたということだろう。ただし、それがどのようにつながるのかは明瞭ではない。

最後の最後で偶然にも「愚民化政策」として情報の遮断とプロパガンダが指摘されていた。私はその1つにスマートフォンの普及と五毛党による情報操作を挙げたいが柯隆氏は同意するだろうか?
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4617/trackback
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3060/trackback



『中東 I、シリーズ知っておきたい』4
「ジハード」、この言葉はすでに日本人にとっても身近なものだろう。著者はこの「ジハードであると誰が決まるのか」という点で重要なことを指摘する。

その判断は、教団や国家というような公的な機関がないイスラーム世界においては、

『ウラマー(法学者)と呼ばれる学識者の判断が大きな影響力を持っている… しかし、この学識者の判断がいつでも一致するとは限らないので、人々は自分の考えに近いものを選んで、それを受け入れているのである』p87

まさにこの点である。以前 「自衛隊のイラク派兵(私は「派遣」とは言わない)が適法か違法か」 の判断でファトアが「適法」となされたという報道がなされたが、これについてはまさにこのこと点について疑義を挟んでおいたのはこのことである。

http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/418/trackback
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1144/trackback


この点について当時、そして今でも、日本のマスコミは言及していない。 

また、傲慢噛ませてしまいました(笑)
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ