2017/3/21

2日目(3/20 月)  教育

2日目(3/20 月)
1日目には現地時間の3/19も含まれていた。昨日の時点で書き忘れたこと1つ。イタリア入国審査がとてもいい加減だ。警察官みたいな人もいないし、走れば入国管理場を違法にすり抜けることが可能な構造。審査もスタンプをパスポートに押すだけでEUに入境できる。また、どこに宿泊するのか連絡先はどこかなど不要。

ホテルではチップの相場がわからないので朝、“Thanks in advance” とメモを残し、部屋に5ユーロ置く。発表の準備はしていたが、イタリアについての基本知識はゼロで入国したことに気がつく。PISAは現地ではピザと発音されるみたいで、最初聞き取れなかった。いずれにせよ初めての外国で1人旅はいろいろ神経を使います。アメリカや中国では全然そんな感じがないのはやはり慣れでしょうか?

イタリアの電源は3股。フロントでアダプターを借りる。5ユーロだが、返せばrefundされるみたいだ。時差ぼけで朝3時(日本では+8時間で11AM)には目が覚め、眠れないので先のblogを書き込む。

ここでは1Fは0階になる。これで混乱した。9階の部屋だが、斜面に建物が増築されているので5階(6階)から隣のビルに渡り廊下で移動し、さらに3階上に上がる感じ。エレベーターのボタンの押し方にもコツがある。押しても効かず他の人に押し方を教えられる。(片側のみ押さないとダメ)

ランチの時間にもワインが出るがさすがに抑えておく。夕食では誰もが飲むがそれでも夜のセッションは普通にやる。GRCはいつもこう。日本の学会では考えられない。
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2017/3/20

1日目(3/18 土曜)  

1日目(3/18 土曜)
回線は無料だが重量制限があり写真等の掲載は後日

外貨交換に国際線の方へ移動し、1Fで必要最小限の100ユーロ入手(3Fの銀行ではユーロなし)。レイトは126.15円で悪いが、選択の余地はない。

(後日談)PISA到着後、現地でのレイトと確認すると135円=1ユーロとなっていて、日本で換金して正解だった。

羽田でカタール航空への搭乗手続き段階で荷物を預けるつもりだったが、便利なことに福岡空港で荷物を預けてPISAまで運んでくれるみたいだ。いずれにせよ乗り継ぎに時間がないことは最初からわかっていたので、いつもは機内持ち込みが原則だが、羽田では預けることにしていた。それでこの時点で(は)随分気が楽になった。 羽田からは同じカタール航空なので問題はないはず。ただし、羽田でカタール航空に再度申告して荷物の確認は必要なようだ(これが後で述べるマネージメントの悪さに由来するのかもしれないと今は思っている)。ちなみに荷物の重さは衣類だけだと通常トランクサイズ(機内持ち込みサイズ)で8キロ。

(後日談)カタール乗り換えの時点で、PISAまでの福岡荷物預かりでなければ事実上、無理であることが判る。DOHA到着が6時。搭乗時間は予定では6:35分。しかも機内から外に出るまでに時間がかかり残り20分! その間になんとセキュリティーチェックもあった。それもかなり厳しい検査で日本では問題ないベルトが引っかかり余計に時間を取られた。さすが世界の火薬庫。

最初の予想ではトランジットであるし、世界のバブ空港だから搭乗口までセキュリティーチェックなしで直接いけるかと思っていたが(最初のフライトスケジュールでも、到着時間からから出発時間まで1時間半しかない)予想外れ、しかも搭乗口までさすが世界のハブ空港なので電車での移動も含めかなり距離がある。結局<走る、走る>。 結果的には搭乗時間は1時間遅れにずれ込み、搭乗口で待たされたのはお約束? さらに焦った他の要因として、搭乗口が福岡の時点でも未定でDOHA到着後に確認しないといけない。それでなくても時間がないのに焦る焦る。また羽田での出発が23:50から23:40に早まった(遅れるならともかく!)。すべてがこうした調子でかなりマネージメントがいい加減。

結論、このカタール航空とドーハ・ハブ空港、どちらもアラブの王族が作ったもののようで贅沢の限りを尽くし、ハード面は高価だが、マネージメントは悪い。将来の利用は要注意。


羽田の国際線は今回が初めての利用。どこでも国際線の建物作りは同じだが機能的。ちなみにカタール航空のチェックインカウンターはL。それと今回3つの飛行機を利用したが最初の777を含め(B777,B787-8, A320)すべて機内でwifiが使用可能になっていた。ただし回線状態はなぜか悪い。一度繋がっても切れて二度と繋がらないことも。羽田の国際線ターミナルにはトランジットホテルが併設されている。以前利用した上海国際空港と同じで多分すごく高いだろうが…?

ともあれ羽田発までは落ち着いて行けた。カタールの搭乗手続きの人はそのまま一緒に搭乗してスチュワーデスに変身していた。

さて、飛行機は朝鮮半島から北京上空、さらに崑崙山脈の北、タクラマカン砂漠の上を飛び、インドアフガニスタン、イラクの国境付近を飛んで、ドバイの上空を越えてドーハに着く。ドーハ到着後の顛末は上で述べた通り。

上で述べなかったドーハ空港での出来事として、ここはさすがイスラームの国、トイレットとは別に沐浴場?があった。最初間違って入って係りの人にここは違うと言われてはじめて気がつく。ドーハ空港の写真は途中 <走って> いたのでここだけ。

さて、ドーハから飛行機はイラク北部、トルコを横切るような、直線より北側に少し遠回りをするような経路。これは、地上戦闘の激しさを考えれば当然のことでしょう。トルコからは一度黒海にでてバルカン半島を横切りアドリア海を越えてイタリア、ピサに着く。その間、wifi接続に苦労しながらJulio lalesiasとマライヤキャリーを聞いて時間を潰す。何しろ最後のバスを入れると移動だけで1日を超える長旅。乗り継ぎ・待ち時間を加えると24+5時間の行程。

ピサ空港は、Galilei International Airportの別名がある。さすがピサの斜塔がらみの観光都市。事実、空港内も自由に無料wifiがあるので、しばらくバスを待ちながら散策。 空港はとても小さく、雰囲気は日本の地方都市空港、例えば熊本空港に似ている。周りも林と家が散在する感じで。ともかくピサという町も寂れた田舎的な感じだった。これはバスに揺られながら最終目的地のLuccaまで同じだが、風景にはいつも教会と時折小さな砦が見えた。それにかなり大きな城壁都市、Lucca?が見えた。なんとかまる1日以上かけての移動で現地時間の5時ごろ(日本時間は+8時で夜中の1時)目的のホテルに到着。

ホテルは山の斜面に増築を重ねた感じのもので、とにかく複雑。途中迷っているとイスラエルから来たという研究者に教えてもらう。彼と一緒にすぐさま食事をして(当然ワインがついたので少し飲む)聞くところによれば大学院をカルフォルニアで過ごし、ラホヤで研究とビーチに日々を過ごしたらしい。ラホヤといえば有名なスクリプト研究所があるが?

夕食後、7時半より夜のセッションに突入。ほとんど寝ていないし、専門から少し離れる話だし、初日の導入のためのOverviewなので眠気に襲われるのを我慢しながらメモをとる。9時半のセッション後はシャワーを浴びてすぐベッドに入る。 時差ぼけで3時ごろ起きてこの記事を書く。
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2017/3/20

3/19 night seminar  教育


Oxygen radical、Nitric Oxideとが生じる場所はミトコンドリアの他にPhagosomeがある。
ROSは細胞膜を境に10倍程度の違いがあり1~10nMではsignalとして、>100nMではdisruptedとして機能する
L-ArgがNOSにより・NOというfree radicalが生じ、これが・O2と反応してONOO・(=Peroxynitrite)が生じるが、これがOxidationとNitrationを引き起こす。Nitrationはタンパク中のTyr残基のNO2化は不活化する(例:MnSODの不活化)

Ann. Rev. Biochemistry, 86, 2017 in press が出版される予定
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2017/3/19

PISA到着  

1日がかりでPISAに到着。現地時間2:47PM

DOHAでの乗り換えが時間がなく大変でした。これから4時のバスで最終目的地Luccaへ
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2017/3/18

イタリア行き & 『国家はなぜ衰退するのか』11  お勧めの1冊

3/18(金) 夜 Fukuoka → Haneda
Haneda → DOHA 早朝到着
DOHA → PISA(日)昼着
PISA →Bus 1.5時間で Renaissance Tuscany II Ciocco 着 結構強行軍

DOHAでの乗り継ぎが1時間半しかない! 旅行会社の手配だから問題はないはずだが? スムーズにいくかちょっと心配。 トランクはこの際イタリアまで預けた方がよさそうだ。


向こうでも普通にアクセスできると思いますが、更新は非定期的の予定



『国家はなぜ衰退するのか』11
ようやく上巻終了。判りやすいが少し冗長、コンパクトなら緊張感が維持できるが、同じような例を次々に書かれているので、飽きる点が欠点。さて、第7章で以前『10万年の世界経済史』でもみた記載をここでも確認できた。すなわち、

『平均的ローマ人の寿命は、17世紀の平均的イングランド国民の寿命にきわめて近かった… (ディオクレティアヌス帝時代の)平均的な単純労働者の生活水準を計算したところ、17世紀イタリアの単純労働者の生活水準とほぼ同じであることがわかった』p253 ということである。つまり、15世紀にわたり、生活水準に変化がないという驚くべき事実である。それが突然、大きな変革の時代を迎えることとなる。それが産業革命である。

18世紀前半には綿100ポンド(45キログラム)を紡ぐのに手紡ぎで5万時間かかったそうだが、アークライトの水力紡績機は300時間で、自動式ミュール紡績機は135時間でやってのけたとか。p276 これは革命的技術革新であると同時に5万時間の労働に携わる労働者、半日働くとして12時間で割れば4,000人以上の労働者が機械を管理するのべ、25人(水力紡績機だと)あるいは11人(自動式ミュール紡績機)にとって代わられたことを意味する。

しかしそれ以上に社会にインパクトを与えたのは印刷機かもしれない。18世紀のイスタンブールには8万人の筆記者がいたそうである。印刷機の導入は単にそうした労働者にとってかわるだけでなく、大衆の識字化に大きな影響を与える。当時、1800年のオスマン帝国での識字率は2〜3%だとか。当時のイングランドは成人男性が60%、女性は40%。これではオスマン帝国の崩壊は約束されていたようなものだろう。p289

上巻の結論として著者らは、『(産業革命の恩恵を受けられなかった国は)オスマン帝国のように絶対主義的な政治制度や収奪的な経済制度を持っていたか、もしくはソマリアのように政治的中央集権制が欠如していたかのいずれか、なのだ』という。p292
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2017/3/17


「北朝鮮を非核化しようとする20年間の努力は失敗に終わった
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170316-00000123-mai-pol

「何を今頃言っているのか!」 という思い。北朝鮮に対し愚かな譲歩をくり返したのは当のアメリカ政権。
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「PKO日報、一貫して陸自で保管」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170315-00050166-yom-soci
当たり前でしょう? デジタル版は明確な「意図」がない限り決して無くなりません(断定)。

個人のレベルでも、ちょっと調べただけで20年前のデーター(1997年11月20日の12:12PMに作成したファイル)が見つかりましたよ。キーワード検索すれば瞬時に出てくるはずだし、もし「検索」で出なかったら、それはファイル保管が自衛隊で最低レベルなのか、意図的削除のどちらかでしょう。
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こうした政府の不手際、不誠実を指摘すると、「もっと重要なことがあるだろう!」という輩が必ず出てくる。 確かに重要なことは山積みだが、<いつでも野党の批判は批判の対象>という思考回路が動くのは主義主張・イデオロギー中心の思考構造からくる反応で右派に限らず左派でも起こる条件反射。反理性主義のなせる技。
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2017/3/17

『国家はなぜ衰退するのか』10  お勧めの1冊

『国家はなぜ衰退するのか』10
ここで著者は、イノヴェーションは既得権益をもつ人々だけでなく、権力者からも収奪的社会では排除されることの例をあげる。

ティリベルウス帝の時代(AD14-37)割れないガラスを考案した男が皇帝に面会した時、皇帝はこの男にその話を他の誰かに話したかと尋ね、話していないと答えるとその男を殺した。理由は「金の価値がなくなってはいけない」からと。p235  その他、石柱をより容易に運べる方法を語った男には「私にどうやって民衆を養えというのだ」と語ったウェスパシアヌス帝の話だとか。p236 近代ではエリザベス女王に(後にはジェームズ1世にも)自動編機を考案したウイリアム・リーに対し特許申請を却下した。

著者は彼らが「こうした技術革新が人々から仕事を奪い、庶民の失業・貧困を恐れた」からではなく、それにより政治不安が起こり「政治的敗者」になることを恐れた故だとする。p252

まさしく、同じことが今アメリカでトランプ現象としておこっているではないか? ラストベルトの労働者に仕事を取り戻す? それってこうしたことと同じこと。トランプやその取り巻きも「人々に仕事を取り戻し、庶民の生活を向上させるため」ではなく、それにより政治権力を自らのものにするためだと。それは長い目でみれば、米国の活力を失わせ、その地位を低下させることだ。
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2017/3/16

『国家はなぜ衰退するのか』9  お勧めの1冊

『国家はなぜ衰退するのか』9
著者は地中海で発見された難破船のC14による年代測定からローマの船が急増するのはキリストが生まれた時代で(この時代の難破船の数は180隻)その前の500年間は年20隻程度であったことから地中海貿易の推移を見る。p223

ところが、これが廃れ始め、西暦500年頃には20隻ともとの状態にまで低下する。これが再び上昇するのは19世紀まで待たねば待たないという学者もいるそうだ。p234

驚くべきことではないだろうか!  普通我々は時とともに人類は発展するものだとアプリオリに考えている。しかし人口動静をみても歴史には逆転も足踏みもおこっていることは十分頭に入れていないといけない。将来大地震がまた東南海トラフで起こり(それは極めて高い確率で起こることが認められている)それが原発を再度破壊し日本の歴史が足踏み、あるいは逆転すらも起こりうるということだ。

それはともかく、その他の資料として著者は1990〜1992年にかけて行われた、グリーンランドの氷床コアプロジェクトから、人類の歴史の25万年分をカバーする3030メートルの氷の分析により紀元前500年頃から大気中の汚染物質(鉛、銀、銅)が増え始め、1世紀にピークに達したとか。それがやがて低下し元に戻るのは13世紀とか。それから著者らはローマ時代がいかに繁栄していたかを語る。p224

しかし、これはあまりに短絡的なような気がする。何故なら大気はローマだけの状態を表す指標ではないはず、全世界的な指標であるはず、実はこの著者らはこうした記載が多い。例えば先にあげた最古の農耕にしても三日月地帯をあげるが、河姆渡遺跡で7600年前に、さらに中流域ではそれより前、一万年以上前まで遡る可能性がある。
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2017/3/15

『国家はなぜ衰退するのか』8  お勧めの1冊

『国家はなぜ衰退するのか』8
著者は紀元前1万5千年頃、農耕・牧畜の最古の証拠にヒリー・フランクスと呼ばれるイスラエルからパレスチナ、ヨルダン地帯を取り上げる。p193

そして考古学的証拠=ガゼルの歯の解析(夏と冬ではセメント質の成長がことなるので年輪が生まれ、いつ屠殺されたかがわかる)から住民が定住し、かつ通年にわたり生活していたことを示す。p194 そしてここでも人口密度の上昇と生活水準の低下が定住を始めた要因だとする。つまり、い「イヤイヤながら人は定住と農耕をはじめた」という点だ。これはこれまで教科書などで習ってきた、不安定で貧しい狩猟採集生活から豊かな農耕生活への発展という図式を打ち壊すもので注意すべき点。

とはいえ、著者らのここでの文脈では、かれらは他の農耕をはじめたグループよりは豊かだったという。p195
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2017/3/14

『国家はなぜ衰退するのか』7  お勧めの1冊

<幽霊話>
日曜いろいろな放送局で3-11関連の話題が流れていた。その中で印象に残ったこと1つ。 

震災後に「幽霊」騒ぎがあちこちで起こっているらしい。否、「騒ぎ」にはなっていない。淡々と幽霊との遭遇を語る人がいるとか。特にタクシーの運転手さんがよく体験されるとも。そしてそれは「無賃乗車」として淡々と処理されているとか。この話を聞いて、この幽霊話が「作り話」というよりは、「やはり幽霊を見る人がいるんだよな〜」という納得感の方が素直に出てきた。 

我々の感覚そのものが一種の幻であり、この世界は脳が便宜上(この場合は震災という苛烈な体験からの補償反応として)一時的に構築したものだとの理解に立てば十分に納得できること。
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<脱原発は可能か?>
2011年の電気使用量に対し2016年は69.9%、ガス使用量は79.5%。水道だけは特に気を使ってないので、変化なしの98.4%。 電気は3割の節電。ガスは2割の省エネ。個人のレベルでは脱原発は可能? 

なんでも「数字でナンボ」の議論から入らないと具体性は見えてこない



『国家はなぜ衰退するのか』7
著者は典型的な制度派、そして収奪的な政治・経済制度であるかぎり<持続的>な成長は起こらないという。ただし、成長が全く起こらないとは著者は述べていない。収奪的であるがゆえに、収奪的すべき富を生み出さないといけないから、政治的に経済活動を刺激することはできるという。p177 その例として、キューバやハイチ、ジャマイカといったカリブ海における砂糖産業や、スターリンによる工業化をあげる。p180 しかし、どちらも奴隷や、ロシアの農業を犠牲にした。

ここで訳者は「収奪的」という言葉に対比させて「包括的」という言葉を当てている。この意味がよくわからない。本来は原著を辿らないといけないのだが、これは今後の課題。一般的にはcomprehensiveか、inclusiveだろうが、「収奪的」の対比語としてはどうか? どうも正確に表現していない気がする。

ここで著者は2つのグループ、アフリカのコンゴに流れるカサイ川を隔てて生きる2つの部族を対比させる。この2つの部族は共通の起源と同一系の言語をもち衣食住を含め文化もほぼ共通だが、1つの部族(ブショング族)は豊かで、他方(レレ族)は貧しい。その違いを政治制度で説明する。前者は大幅に中央集権化され高度な構造を持っていたが後者にはそれがない。p189 また後者が20歳で結婚し、若いうちから農業に従事するのに、後者は35歳で結婚し畑仕事をはじめるが、それまでは戦いと襲撃に明け暮れているという。p190 いずれも収奪的制度を持つが、前者はそれでもある程度の経済的成功が見られるとも。p191 しかし、やがてヨーロツパ人(ベルギー)が19世紀にこの地に訪れるまで後者(グバ王国)にはこれ以上の成功はなかったとも。

ここから、ソ連がその収奪的政治制度によりある程度の成功は認められても、それ以上には発展せず、結果的に崩壊したこと。p191 さらには、現代の中国の猛烈な経済成長すらも将来的な持続的発展の可能性は低いとしている。p209 ところで、ここでも挙げたように、この本には多くの箇所で現代の中国の経済発展についての予測なり診断が簡単になされている。明言はされていないが、著者の予測するところは明らかだ。それ故この本の真価は近い将来、正当に評価されることになる。
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