2018/2/28

GAFAM plus 2 & 『人類のやっかいな遺産』13  お勧めの1冊

今月末までに定年退職による科研費の事業廃止承認申請書を出さなければならず、今年の分を全て使い切り、残高ゼロ円の状態にして申請書を今日27日ギリギリに提出した。 来年度まで出る予定だった研究費を返上することになるのは勿体ないが仕方ない。 いずれにせよ、来年度は最終年度なのでそれほど金額が大きいわけではないが、それでも150万円ほどが未使用のまま返上ということになる。


<GAFAM plus 2>
26日(月)の「私の視点」は寺嶋実郎氏。話題になったのはIT巨大独占企業としてのGAFAM plus 2の存在。 昔はGAFA(Google, Amazon,Facebook, Apple, )だったが、今はそれにMicrosoftを入れてGAFAMになっているようだ。 それとPlus 2としては中国のAlibabaとTencentを加える。ここでわざわざPlus 2とするところがミソ。GAFAMATではない。なぜならAlibaba、Tencentは中国という国の制御を受けるClosed systemだからだ。

昔、ある人にTencentについて話した時、初耳だったらしく説明を求められた。それでFacebookみたいなSNSの会社としてスタートしたが、今ではWeChat Payでアリババのアリペイと共に中国全土をキャッシュレス社会にしてしまったと説明した。そうしたところ『中国は偽札が多いらしいからね』という反応しかこなかった。内心、『まったく、これだから駄目なのだ』と独り言ちた。

いずれにせよGAFAM plus 2の中に日本の企業はない



『人類のやっかいな遺産』13
以上の研究結果はイギリスのJournal of biosocial scienceという雑誌に掲載されたとか。早速調べてみると、2016年の impact factor =1.188とかなり低い。 研究者としてはせめてIF3くらいは欲しいものだと常々思っている。実際このように低い雑誌にこれまで出した経験はない。勿論こうした数字だけで評価するのは問題があるがやはり1つの指標にはなる。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4668/trackback
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4510/trackback

数字だけから判断すると、あまり評価された研究ではないということになる。著者はそれについて「面白さは認めるが刊行できない」と雑誌社から断られたというがそうだろうか? やはり論理の弱さ、強引さに問題があったのではないか?

このユタ大学の研究ではアシュケナジムユダヤ人の遺伝子に高い頻度で見出されるメンデル型の遺伝子変異を幾つか見出した。頻度がある集団で高い理由には普通2つある。1つは有名な鎌形赤血球貧血症で知られる自然淘汰。もう1つは創始者効果。前者はホモだと致死性あるいは生存に不利だが、ヘテロだとマラリアに罹りにくいことにより熱帯では逆に有利となり、変異遺伝子が生き残るというもの。 一方、後者は小さな集団で起こった変異がその集団が拡大したことで他の集団に比べ頻度が高くなるというもの。その変異の1つに、スフィンゴ脂質の生化学代謝に関わる遺伝病がある。この変異は1000年ほど前に生じたと推定され、当初、これは先の「創始者効果」と見られたが、ユタのチームは「この変異が知能を促進する効果をもつことから淘汰の結果だ」とした。すなわちユダヤ人が認知的に負荷の高い職業についていたのでそれが選択圧となったという理論だ。その理由として遺伝子変化は複数で同じ代謝系に落ちているが、普通変異はランダムにおこるので、同じ代謝系に落ちたのは何かの理由があるはずだとした。p256 ここで著者らは脂質代謝やその他の変異であるDNA修復系の欠損がニューロンの発達にある種の影響を与える可能性について述べるが、説得力のあるものではない。 

また、この変異はアシュケナジムユダヤ人が非アシュケナジムユダヤ人と分かれた後に発生した遺伝子変異なのでIQがアシュケナジムユダヤ人と非アシュケナジムユダヤ人で違う理由ともなるはずだが、それについての情報は不確かだ。p259 もし彼らの仮説が正しければ知的優位性はユダヤ人特有というよりもアシュケナジム系ユダヤ人特有ということにもなる。いずれにせよ、ユダヤ人の高いIQがこの変異の所為だとの仮説は検証可能なはずだが、誰もやっていないか、公表していないと著者はいう。p258

う〜〜ん、とても強引な論理で一般に受け入れられるのは難しいだろう。この研究結果が有名雑誌に載らないのは当然だと思う。もちろんデーターに間違いがなく、論理矛盾がなければどのような仮説も述べて構わないのだが…  ま、第三者的に考えるとこの論文がIFが低い雑誌にしか載らなかったのは当然かと思う。
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2018/2/27

図書館を有料化しVR図書館へ 2  試行,指向,志向、思考

図書館法というのがあるらしい。
http://www.mext.go.jp/a_menu/sports/dokusyo/hourei/cont_001/005.htm
この中の第十七条に、

『公立図書館は、入館料その他図書館資料の利用に対するいかなる対価をも徴収してはならない』  とある。

それならば「法改正をしないと無理か?」というと、そうでもない。続く第二十八条には私立図書館も規定されていて、そこでは、

『入館料その他図書館資料の利用に対する対価を徴収することができる』 とある。

だとすれば、公立を民営化するのが1つの方法としてあるかもしれない。この私立図書館についてはさらに、文科省が「図書館の設置及び運営上の望ましい基準」として別途方針を示しているが実質的な制限はない。
http://www.mext.go.jp/a_menu/01_l/08052911/1282451.htm

脱公立化するといっても、NPO化して優遇すればよい。税制や建物の賃貸料を格段に安くする。そうすれば採算が採れるかもしれない。実際TUTAYAに任せている図書館もあると聞く。色々問題はあるだろうが、そもそも現状の公立図書館に問題が山積み状態なのに、それを解決出来ずして「よく文句が言えるな〜」と思う。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51414

先のVR図書館の話に戻せば、別に新たにシステムを作る必要はなく、既存のシステムをシームレスにリンクさせればよい。システムエンジニアでないので想像だが、すべての書籍には国際標準のISBN番号と日本独自の日本図書コードがあり、後者には読者対象、発行形態、内容分類や価格など様々な情報がまとめられている。具体的には「978」から始まる1段目がISBN用で、2段目はCコードなどを表示する。これで外部の情報サイトにリンクすれば色々な情報が瞬時に入手できる。

画面に書籍の写真を載せて、そこをクリックすれば個別の本の情報にたどり着けるようにする。あとはアマゾンのサイトに飛んでもいいし、図書館で借りることができればそこで手続きに入ってもよい。 ただVR図書館として最初の間口を広くとり多くの本を一覧展示できるようなデザインを考えればよいと思うが、どうだろう?
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2018/2/27

提言:図書館を有料化しVR図書館=レジャーランドへ変身を  試行,指向,志向、思考

「図書館有料論」というような大層な内容ではないが、図書館は有料化してその機能を進化させるべきではないか、そうしないと今のままでは図書館は学生の自習室と老人の暇つぶしの場所になってしまう。そしてその1つの可能性としてVR図書館を提案したい。

週末は必ず図書館に行く。たまたま先週は週末2日共に職場で重要なイベントがあり、行く暇がなかったが、これは例外的で余程のことがない限り、大抵土日のどちらかに図書館に行くことにしている。

大抵1冊読み上げるのに2〜3週間かかる。1冊の本だけを読み続けていると集中力が途切れそうになることがあるので、2〜3冊借りて時々交換しながら読んでいる。それだから、ものによっては1〜2ヶ月も掛かったこともある。 特に初めて読む分野の本はこちらに基礎知識がないから時間がかかる。また「細切れ」で読むので、同じところを何度も繰り返し読まないと頭に入らないという無駄も出てくる。 しかしそれだけ無駄?をかけてもやめなかったのは「面白い本」だと思ったからだろう。私は読むのが無駄と思ったら即、やめる人間。



最近は図書館一辺倒だが、昔からだったわけではない。本屋であれ、図書館であれ、本棚の間を歩きまわるのは、本との「新たな出会い」を体験したいがためだ。もちろん時には「検索」で最初から的を絞って探すということもないではないが、むしろ面白さの点では「出会い」に勝るものはない。本は書かれているテキストだけではない、製本された本から感じるある種の「佇まい」のようなものにも惹かれる。

何故、今では図書館一辺倒になったかと言えば、最近は大きな書店でも、「新たな出会い」が期待できなくなったからだ。いま書店には話題作、最新作が山積みされている。しかし、そうしたものはOKCHANさんも書いているが、『入れ替わりが激しく、店頭にずっと並べておくべき本も駄本も、流れ去るように入れ替わって眼前から消えてしまう』。特に昔の良い本が書店の本棚から消え去っている。
http://toujikyaku.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/post-39d4.html

何故そうなったのか? いろいろな理由があるだろうが、やはり現在の書店には、多種多様な書籍を本棚に抱えて、私のような探求者に発見されるのを待つような余裕がなくなったからだろう。アマゾンのようなビジネスモデルが広く普及し、欲しい本はネットで注文すれば数日後には手っ取り早く手に入る。 しかしこれでは「出会い」がない。一番の醍醐味が最初からないではないか!

そうこうするうちに、私は図書館ではこれが今でも可能であることに気がついた。それなりの図書館に行けばマイナー分野の本でもそれなりの数の本が並んでいる。 昔は大学図書館などでは書庫に入り込むことも可能だったが、いまではどうなのだろう? 少なくとも普通の公立図書館では書庫に入ることは出来ず残念なこと。「書庫は人生で一度は訪れていい場所」というのが私の考えだ。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/447/trackback

とは言うものの、図書館に行って感じるのが図書館の変質?だ。最初に書いた通り、フロアーは中高生とお年寄りが(自分と同じ世代だが、汗、汗)多い。中高生は受験勉強をしているようだし、お年寄りの中には安楽椅子で休憩?(時には居眠り)をしている人も多く見受ける。これって図書館の正しい使い方だろうか?

それと書庫蔵の本が多く、有名な本でも少し昔の本だと書庫蔵になっている。これは毎年出版される本の数が多いからだろう。マスコミの報道とは裏腹に実は出版数は右肩上がりだ。このままでは図書館は本来の機能を果たせなくなるのではないかと心配する。 
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5237/trackback

図書館は当然それなりの維持費がかかる。別に新刊書を買わなくても古い本の維持だけでも相当な人件費や建物の維持費がかかるだろう。ほとんどの自治体が赤字財政のこの時代、このままでは図書館はその規模を拡張するのはおろか、今の機能を維持するのでも大変ではないかと心配する。



先日読んだある本で、教育は「投資」と考えるからダメで、「消費」と考えれば別の視点が得られるという考えに出会った。 そこから図書館の本も有料制にしたらどうかと思うようになった。 私自身「読書」がなんらかの投資だと考えたことはない、単に知的好奇心からくるもので、それで利益が得られるとは思っていない、否、もしそう考えたとしても、これまでの経験から「それはない」と断定できる(笑)。 それでもOK、楽しいのだから結構ではないか! 

だとすれば図書館利用も「消費」と考えるならば公共図書館は実にそれを無料で提供していることになる。それならば、むしろ有料にして図書館の機能を拡張することも可能ではないか? それこそ「知的リゾート」に変身してはどうだろう?
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5237/trackback

例えば私は1月平均8冊本を読むようだ。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/msgcate8/archive
1冊の価格が平均3000円程度とすれば1月2万円以上の利益を得ている。もし1冊100円で借り出しても精々一月、1,000円程度。 図書館帰りにスターバックスでケーキを食べながら飲み物をというスタイルを続けているが、それの1回分にしかならない。安いものだ。しかしそれで公立図書館が利益を上げ、その機能を拡張することが期待できるなら大賛成だ。一石二鳥ではないか?! 



あとは夢というか、個人的希望だが、最新の技術を使ってバーチャル書庫探訪ができるシステムを導入してもらったら素晴らしいと思う。 画面にリストアップされた本のタイトルだけは味気ない。 その代わりに、あたかも書庫を歩きまわるように本棚の間を歩き回る気分に浸れるバーチャルリアリティー図書館。こんなの今の技術を使えば簡単でしょう? そうすれば管理維持費やセキュリティーの問題もクリアーできる。 自由に仮想現実の中で沢山の本に出会い、新しい発見ができるようなVR図書館は凄いレジャーランドになることだと思う。 実際VR図書館はすでにアイデアが試みられているらしい。是非一考あれ!
http://ropi-design.com/blog/concern/vrbookstore/

このVR library では本が同じ形をしていたが、ここはそれぞれ本物の本の姿を映像で見せてくれる方がよい。

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2018/2/26

『人類のやっかいな遺産』12  お勧めの1冊

週末は2日とも休み抜きで職場の重要なイベント。前日はCold run、日曜が本番。

今は本当にシステマチックにトレーニングが行き届くようになった。我々の頃は「現場で経験を積め」という感じだったが、やはりそれではいろいろ事故が起こるからね。当然の流れといえば当然。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/2211/trackback


閉会式の最後に女子30キロ、マススタートのメダル授与式を見た。3国とも十字架をイメージさせるデザイン。ヨーロッパが今更ながらキリスト教国であることが判る。



『人類のやっかいな遺産』12
8章でユダヤ人が対象となる。まず彼らは人口規模(全人口の0.8%)からは不釣り合いに社会的規模の貢献をしているという。それはそうだ、例えばノーベル賞受賞の%では20世紀前半で14%、後半では29%にものぼることなどが紹介される。p245 

そこで著者は

『最も単純ですぐれた説明は、ユダヤ人は通常より高い認知能力を持つ生活様式に遺伝的に適応した』

といういかにも議論を呼びそうなところから入る。p246

実際の遺伝学からは55万のSNPサイトを用いた研究から、ヨーロッパ系ユダヤ人と非ユダヤ系ヨーロッパ人は100%区別できるとか。またこの研究からはAD900年頃にこの集団(ヨーロッパ系ユダヤ人)は生まれたことを推察させたとか。これは「ユダヤ人はユダヤ人同士しか結婚しない」という習慣からは十分あり得る話で驚くべきことではない。p247 

それに加えてここで紹介されるのは所謂、アシュケナジム(アシケナージム)=ヨーロッパ系の他に、セファルディム=スペイン・ポルトガル系ユダヤ人で15世紀に追放され地中海地方特に北アフリカやオスマン帝国に移住した集団と、昔からアラブやイランにいる東方ユダヤ人=ミズラヒーム集団があることを知る。これら3つの集団の起源もローマ帝国初期にローマに住んでいたユダヤ人コミュニティーに源をもつらしい。遺伝地図ではこの集団は中東人とヨーロッパ人の間に位置するとか。p248 

こうした遺伝学的違いから著者は『ユダヤ人人口が歴史上の特別な状況に適応するにつれ、ヨーロッパ人とはちょっと違った遺伝的経路をたどり、非凡な認知上の能力を発達させた可能性』を指摘する。p248

次にIQについての知見は、アシュケナジム(アシケナージム)が平均としてIQが高いだけではなく、言語域や数学では高いが視覚空間域では低いことが紹介される。このことと彼らが昔から金貸し業に特化していたこととの関連が議論される。p250

ここまでは良く知られたことで問題はないが問題になる点は <これらの特性が家庭環境によるものなのか遺伝的なものなのか> という点だろう。この点について先ほどの東方ユダヤ人やセファルディムのIQはそうした特性は認められないという。著者はかれら東方ユダヤ人が、認知能力の選択圧をうけるような職業に就かなかったからだというが、逆に私にはこれが環境説を裏付ける事実と取った方が納得できる。p253
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2018/2/25

『人類のやっかいな遺産』11  お勧めの1冊

『人類のやっかいな遺産』11
著者は色々な例を挙げ遺伝子派なのか文化派なのか良く分からないような文章を並べる。もしかすると一種の予防線をあらかじめ張っているのかもしれない。だとすれば流石にジャーナリスト、ズルいと感じる。例えば、

『中国系アメリカ人は専制構造の組織をつくったりしないし、アラブ系やアフリカ系アメリカ人たちは部族構造をつくったりしない』p233

と述べる、ならば遺伝子に組み込まれているわけではないのではないかと思うと、次の文章では逆のようなことをいったりする。例えば『国家はなぜ衰退するのか』の著者の結論に対し、

『(著者が)こんな不満足な説明にすがりつかざるを得ないのは、良い悪い制度の原因が人間行動の差にあるという自明の可能性を排除してしまったからだ… これは偶然やツキではないし、まともな説明が人間の進化というかたちですでに存在しているのだ』 という。p242〜243

つまりそれぞれの民族が進化した結果得た能力のせいだと示唆する。どうも分かりにくいのは科学的人種主義者として批判されるのを避ける為にジャーナリストらしく胡麻化しているのではないか? 
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2018/2/24

『人類のやっかいな遺産』10  お勧めの1冊

『人類のやっかいな遺産』10
経済学者が採用する一般的な見方は、人的資本にはあまり差がなく、しかるべき制度と資本を投入すれば経済発展ができるというものだが、現実は異なることを著者は指摘する。曰く、

『西側は過去50年わたり、2.3兆ドル(〜230兆円)ほどの援助を投入してきたけれど、アフリカの生活水準は改善していない』 と、また。『1960年当時、ガーナと韓国の経済は似たりよったりだったが、30年経つと両者の運命は完全に乖離した』とも。p227

著者はそうした例をあげて(遺伝子にもとづいた)人的資源が両者で異なることを述べたいのだろうが、それならばむしろ韓国と北朝鮮の例がそれに対するよい反論になるだろう。 同じ人的資源を持ちながら、わずか半世紀そこらで両者の経済のGDPベースの乖離は明らかだ。もちろん半島の南北にわけて天然資源や環境はやや異なるが、それが経済の乖離を引き起こしたとは考えにくい。第一、天然資源については北朝鮮の方が豊かだったし、北が<発達した>工業国、南が農業国とたしか中学だったか、高校だったかの授業では習ったほどだ。 (あの時の学校の先生には何がしかの思想偏重があったのかもしれないが…)

同じ自然環境で比較したければ、東西に伸びる島の半分のハイチとドミニカ共和国の例を挙げてもよい。ともに独立し、同じような自然環境にあり、同じような国民(人口構成は、ドミニカ共和国は混血とアフリカ系合わせて9割を超え、ハイチもアフリカ系がほぼ9割)を有するこの2つの国の運命の乖離を! これらの国の間の運命の違いは政治制度、ガバナンスの差ではないか? 島の東半分ではGoogle mapでも判るハイチ化(国土の崩壊)が起き、西側では緑に囲まれている。
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2018/2/23

『人類のやっかいな遺産』9  お勧めの1冊

このところマスコミはオリンピック一色だ、特に日本のメダル数が長野を上まったとして大喜びしている。そのこと自体は悪いことではないし、別にケチをつけるつもりはないが、それにしても朝鮮情勢についての分析がこのところ無くなっているのが気がかりだ。

韓国がこれだけ北朝鮮のオリッピック参加を歓迎しておいて、終われば武力対立、最悪開戦という選択肢は難しい雰囲気になった。終了後に行われるはずの米韓軍事演習だって、

『せっかくの平和の祭典が成功裏に終わったのに何故やるのか』 というようなことを言い出す勢力が必ずでてくる。 

多分ロシアや中国はそう言い出すだろう。そしてグズグズしているうちに核保有国北朝鮮という既成事実が成立する。 しかし果たして米国はそのような事態を指をくわえて見ているのか? 何かが行われるという予感があるが、思い過ごしであることを望む。  とりあえず前回有効性が実証された「恐怖指数」は頻繁に見ておこう。
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『人類のやっかいな遺産』9
ここでクラークの『10万年の世界経済史』で議論されてあったことが、ここでも書かれている。つまり、イギリスでは中世、金持ちが貧乏人より子供の数が多かった。しかしマルサス的世界では金持ちの子供の多くは階級からこぼれ落ちて下層に移動した。これが上層階級の行動規範を下層階級にもたらしたと。p199 ここいう上層階級の行動規範とは非暴力、識字、倹約、辛抱強さだと。p200 

これらが後のイギリスにおける産業革命につながると云うのが著者らの仮説だ。つまり中流階級文化が生物学的仕組みを通じて社会全体に広がるという論理だが、それは「文化=行動規範」ではないのか? これまでの選択圧による遺伝子の変化という理論とは繋がらないのでは? p201
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著者は中国の科挙制度のもたらした選択圧についても語る。科挙の <知識を問い独創性を損なう> システムは態度と意見の凄まじい均質性と従順性を選択圧として今日まで続いているとする。p207 確かにそれは選択圧かもしれないが、これも同様に遺伝子変異の選択圧とだけでなく、「文化形成」のための選択圧として考えてもいいはず。むしろそうではないか?

さらにアフリカの例を著者はあげる、アフリカでは外国勢力が引き上げてから(独立してから)2世代以上も経っているので植民地文化はある程度弱まっているはずだという。しかし現実はそうではない。これについて著者は、

『部族的行動は、文化に規定されるよりもずっと根深い。その長命と安定性は、遺伝的な基盤を強く示唆している』p220

つまり著者はアフリカ人の遺伝子の中に腐敗と収奪的制度を根付かせる情報が刻まれているという論理になる。これは確かに大変な言説だ、厳しく批判されるのは当然だろう。

ここでまた『10万年の世界経済史』で議論されていたポメランツの仮説が紹介される。
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彼は「当時ヨーロッパと同じような状況であった中国や日本でなぜ産業革命が起こらなかったのか」という疑問に対し、ポメランツは様々な理由を述べているが、ここではイギリスはカリブ海とアフリカへのアクセスが有利だったと。つまり三角貿易でアフリカとカリブ海を犠牲にして富を蓄積できたということだ。p222


追伸
どうも私にはこの著者が、それぞれの学説のいいとこ取り、つまみ食いをして自説に都合のいい形を作っているようにしか思えないが、どうだろう?
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2018/2/22

ダウンサイジング2 & 『人類のやっかいな遺産』8  お勧めの1冊

<ダウンサイジング2>
3つの生命保険のうち、メインのS保険だけを残し、ガン特約のA、それに傷害保険関連のZ保険の解約手続きを始める。

メインのSは自分で決めて入ったものだが、あとの2つはカード等に付帯したもので勧められるまま考えもせずに加入したもの。まず、年1回更新のハガキが届くだけで、毎月口座から自動的にお金が引き落とされるだけのZに電話で解約を通告。3月が最後の入金となる。次に同様に毎月自動的にお金が引き落とされるだけで契約の更新時に封書が届くだけの2つ目のAのガン特約保険を解約。 65歳過ぎれば、たとえガンに罹っても病気の進行は遅い。寿命との競争になる。これで毎月の支払いがこれまでの49,863円からS社だけの36,427円になる。メインのS社はそのまま継続。ここは定期的に係りの人が連絡をくれるので心証もよい。Aについては1993年から25年もかけていたので、まとまった額の解約金が戻るとか。思わぬ臨時収入♪

先日の自動車保険は年3万円の減額で月に直せば数千円程度の節約だが、保険の月1万円以上の減額は大きい。
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これに4月以降、住宅ローンを全額返済すれば、年金だけで生活する目標はほぼ達成できる? いやいや、目標にはまだまだだ(笑)。しかし着地点を見据えながら着々実行していく予定。目標を立てて進めるのは達成感があってよい。それに4月からはスポーツクラブに復帰し、体力の維持の方にお金をかけるつもりだしね!


『人類のやっかいな遺産』8
6章の「社会と制度」は、さながらハンチントンの「文明の衝突」の遺伝子学版といえそうだ。
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著者は中国、インド、イスラーム、ヨーロッパ社会とわけて、それらが何世代も変わらず続く制度は遺伝的に形成された社会行動に根ざしている可能性を述べる。p186 勿論可能性であるからなんとでも言えるが、極めて問題のある発言だろう。また、もしそうだとするならば、有史以来のそれぞれの社会の変貌の背景にあるのが遺伝子変異であるということになるが、少なくともそうした変異は実証されたことがない。

そしてこれらの社会の豊かさを左右する相当部分が「人的資本」だとして、以前ここでも紹介した『国家はなぜ衰退するのか』で議論された <収奪的制度か包括的制度を築くか> で決まると、フクヤマや上記の著者であるアセモグルやロビンソンの言葉をかりて結論する。p188
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7章の「人間の天性をみなおす」はまさにこれも以前ここで紹介したグレゴリー・クラークの『10万年の世界経済史』をもとに自説を展開する。
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正直云ってこの本『10万年の世界経済史』には不満だった、しかし結論として、この本は間違いなく「お薦めの1冊」になりそうだ」と最後に評価している。それほど良書だった。
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いずれにせよ、クラークは1200年から1800年にかけてのイギリスにいける天性の変化として1)暴力の低下 2)識字率の上昇 3)貯蓄性向 4)労働性向をあげて議論していたが、著者は流石ジャーナリストらしくこれらを実に上手くまとめて紹介していた。
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2018/2/21

「過去問」と「新作問」  試行,指向,志向、思考

「過去問」と「新作問」
大学入試「過去問」出題増加の記事。早く言ってよ〜(笑) 私には、Too late!
http://www.yomiuri.co.jp/national/20180220-OYT1T50027.html?from=ytop_main5
 
確かに入試問題の出題はすごい負担だし、公開されるだけにミスは許されない。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1542/trackback

また専門以外は挑戦もできないし、専門分野でも毎年何問も作ってくるとそのうちネタが切れてくる。 それにしても、こうして国立を含む多くの大学が「開き直り」みたいな過去問再利用の宣言をするようになったのは、最近の有名大学での出題ミスが社会問題化したからだろう。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5225/trackback

上の事とは直接関係ないが、この「過去問」と「新作問」に触発されて「歴史書の読み方」について普段感じていたことを書いてみたい。

以前から何度か書いているように、「読み続けることができる本」と「途中で投げ出したくなる本」がある。前者は著者の考え方が追体験できる本で、その基礎となる資料なり、データーが添付されている本。それに対し結論だけが書かれている本は退屈で、途中で投げ出すことが多い。今回野口氏の本を読んで少しがっかりした、それはこの本が後者のタイプだったからだ。

ローマ帝国のビジネスモデルについての野口氏の解釈を「覚えれ」ば、確かに「物知り」にはなるだろう。蘊蓄も語られるようになるかもしれない。しかしそのことは我々の業界の言葉で言えば、

『過去問は解けるようになるが、新作問には歯が立たない』ことなのだ。


第一、野口氏の解釈そのものだって正しいとは限らない。それよりも少し遠回りでも野口氏の解釈が出てきたプロセスを自分で追体験することの方が長い目でみたら重要。そうすることで別の歴史事例についても新たな視点が得られるようになる。

入学試験の問題に戻れば、過去問の再利用は問題ない。「資格試験」みたいなものはそれで十分だろう。事実CBTや国家試験でもプール問題は使われている、毎年,10%前後の問題が近年3回分から出題されているという報告もある。 
https://informa.medilink-study.com/regularpost/11758/
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これに対し、新作問題というのは、かつてなかった現実にどのように対応するかに似ている。それが解けるようになるのは、まず過去問をきちんと解けた上で更なる応用力が必要とされる。そしてそのためには先の「解法のプロセス」を自分のものにするしかないのだ。和田氏が以前述べていたが、

『手品を見せても手品をまねする子供はほとんどいないが、種明かしを見せるとまねをする子がものすごく増えるのと同じ原理だし、また人間というのはできそうなことにしか努力はしない』というのと通じるものがある。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1801/trackback

やり方が分かると新しいものにトライする意欲が湧くものだ。
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2018/2/20

『人類のやっかいな遺産』7  お勧めの1冊

『定員割れ私大』
今回は今後のデーターとしてメモのみ。

月曜の夜、BSフジプライムニュースの話題は『定員割れ私大の生き残り』。来月に大学を去る者だが、つい観てしまう。

都市大規模大学は9割が黒字。地方の中小大学は5割(48%)が赤字。 若者の数が減っているのに大学の特に私大が増えている。大学進学競争率は半分までになっている。ちなみに進学率は52.6%。

学生の半分は大都市の大規模私大で学んでいる。4割の大学が定員割れ。ところが、大学行くか行かないで生涯給与が7500万円の違いが出ているので進学志向は依然として強い。大学の許認可権は文科省が握っている。

元東大総長の小宮山氏曰く、『1/3高校卒、1/3社会人、1/3外国人となると大学に対し批判的眼を持つ。高校卒だけの大学生では批判する能力はない』。

小宮山氏曰く、『大学を分類するな。世界トップクラスの大学、地方のニーズに応じる大学、専門分野に秀でた大学にわけて重点支援するのが政策に対しての批判』

財政: 私立は7割が学生からの授業料。政府からが13%。国立の運営費の6割は政府からの支援。学生からは17.6% 定員充足率が50%以下だと交付金なし。交付金は基本学生数で決まる。運営費の1割程度。私学助成金は総額2,701億円。慶応大が最大で78億円。某大学の平成27年度は3億8,892万円

<学長に企業経営者を持ってくるべきかについて>
大学は人材を生み出す場所。利益を出すことを目的とする企業とは基本的に異なる。なにより教育と研究で評価される場所、企業経営者にそれができるか疑問?




『人類のやっかいな遺産』7
著者は狩猟採集生活から定住への転換には攻撃性を低下させる遺伝的変化が必要だったろうという。しかしその証拠は全く提示しない。これも「何とでも言える」の口。p109

マックスプランクの研究者であるマーク・ストンキングのヒトが衣服を着始めた時期を推察する巧妙な研究手法を紹介する。それは衣服にしか住まない身体シラミが頭シラミから進化した時期をゲノム解析から調べる方法で、それによれば7万2000年ほど前との結果を出したとか。p142(ただし、50万年前という結果を出した研究者もいることを脚注で紹介しているp334)

著者は制度的連続性が文化的というよりも遺伝子的支配を受けている例としてアメリカ流の制度がアフガニスタンの部族社会を維持するパシュツン人には受け入れられないことを例にしている。p163 しかし、それはどうだろう? 長い文化的制度を持つ日本人は簡単に欧米の制度を受け入れたのではないか? 勿論どれだけかという程度の問題はあろうが、かなり日本の場合は西洋流の制度の受け入れ程度が高いように思われる。

著者はジャーナリストであり自然科学者ではない、それだけに実に幅広い知識を駆使して持論を展開する。その中には中国やインド、そしてとりわけイスラーム社会の政治制度がある。例えばこうした記述がある。

『(奴隷エリート行政官というシステム)は非人間的に思われるかもしれないが、部族主義を排して支配者の命令に従う行政官カーストを確保するために…』p181

『オスマン帝国拡張が止まると、スルタンたちはまずイェリチェリたちに結婚や子作りを認め、その後はその息子たちが軍に入るのを許した… 世襲エリートの台頭の防止を破壊し… オスマン帝国の緩慢な崩壊を許した』p183

実に幅広い歴史知識で凄いと思う。 しかしだからと云って彼の説を受け入れるというわけでは勿論ない。
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