2020/10/13

スマイルカーブ理論 & 『玄奘三蔵』4  お勧めの1冊

<数値目標>
https://www.duolingo.com/learn
アメジストリーグ +20XP,20390 XP,十五分钟。

https://www.youtube.com/watch?v=xer8C_poG98&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=10
HKS4 #9〜#10 背了四十四分钟单词。

https://www.youtube.com/watch?v=M8n8in4CYg8
https://www.youtube.com/watch?v=ScMJz3V8WNI
看了三十一分钟李ちゃん频道学习汉语数字。

https://www.youtube.com/watch?v=vw0fJf3575M
看了十三分钟オリエンタルDS

https://www.youtube.com/watch?v=z-3cMWdXOng
【HSK口頭試験 初級 練習問題】练习二十二分钟。

https://www.youtube.com/watch?v=VxFbYXPcv04
李姉妹ch, 看了十六分钟频道。

https://www.youtube.com/watch?v=2uOH0MNRoDw
https://www.youtube.com/watch?v=w2qmz770aMM
【中国語検定HSK1級A】リスニング用聞き流し練習,学了二十分钟频道。

https://www.youtube.com/watch?v=zQuWsQJpczA
【中国語検定HSK2級】リスニング用聞き流し練習,学了十九分钟频道

https://www.youtube.com/watch?v=50q-_cDwKJo

杏彩 in 中国, 看了六分钟杏彩频道。一共三个小时六分种。

运动;爬山散步。2.3km,3530步,6楼。



<学習したこと>
この半年、公民館長を拝命して様々な工事関係をお世話した。公民館が建てられて30年、いろいろ修理や改修が必要になる時期ということもあるが、それ以外にもこれまでの方式では今後、運営が難しくなる事態も想定できたので、任期中にその解消のために動いたということもある。その過程で多くのリホーム業者や電気店等と見積もりや値段交渉、工事依頼等、多くの関係を持った。その中で感じたこと学習したこと。

まず基本、電話連絡が主流ということ。HPがあってもほとんど使われていない。メールで連絡しても結局電話になる。これは現役時代、業者への依頼、注文などの連絡が全てメールかHP経由だったので意外というか、驚いた。

また、契約が取れそうだとしつこいくらい電話をかけてくるが、儲けにならないとわかると全然連絡をしてこなくなる。施工できないならできないで、メール1本寄越せば済むものをやろうとしないのにはなかば腹もたった。これが普通なのだろうか? 

ま、リホームや修理などでは繰り返しの注文や依頼が少ないだろうし、金額も小さいということもあるかもしれない。頻繁に注文することが多い薬品やメンテナンス。新規受注に多額の費用がかかる測定機器、医療機器(安くても数百万円、高いものでは数千万円)の世界とは同列には論じられないのかもしれないが、慣れるまで時間がかかった。

今回もドアの改修に1ケ月以上、業者から見積もりが出てこない。おそらくあまり儲けになる仕事ではないからだろう。それならそれで、こちらも考えを換えるつもりだ。つまり、日曜大工で自分でやろうと考えている。それならとても安くつく。(ただし公務?なので自分の利益にはならないが)

よく川上、川下ビジネスの「スマイルカーブ理論」の話が出てくるが、こうした業界は川下ビジネスだろうからサービス、評判が重要だと思うのだが? こうしたことで見切りをつけられる(評判が悪い)業者はやがて市場から退場させられることになろう。予言しておく。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4921/trackback



『玄奘三蔵』4
第4巻は玄奘がインドの各地を回り、時にはバラモンと議論し論破する様を描く。そして最後に 帰国するべきことを夢の中に菩薩に指示される。なお本の中では広く全インドを遍歴していることになっているが、多くの研究からそれらが全て事実ではないと考えられている。特にあの弁机によれば「行」は実際に玄奘が行った場所で「至」は伝聞だとする。

興味の対象としてはこの巻にそれほど注目すべき事は見当たらない。そして第5巻にいよいよ帰国の章がはじまる。

帰国の段階で王から南海から帰るかと問われる。p246 これはベンガル湾経由の海路が既に整備されていたことを意味する。ところが、高昌国王との約束があり玄奘は再度陸路で戻ることを告げる。 

さて、問題は何時玄奘は高昌国が既に唐に併合され無くなっているのを知ったかだが、本文中には何も書かれていない。復路の既に崑崙北路に決定したことがわかる時点で不思議に思い、何度か本を読み直したが、どこにも書かれていない。実は脚注ではじめて玄奘は往路でも通った活国でそれを聞いたことが書かれている。p273 

これはどういうことだろう? この原本である『大唐大慈恩寺三蔵法師伝』に書かれていないのでこの本に訳されていないのか? それとも原本にかかれているが、訳本には書かれていないのか? 多分後者ではなかろう。もし原本に書かれておれば当然、訳本にもかかれるはず。多分他の本に書かれているので脚注で述べたれているのだろうと思うが?どうだろう、今後の課題。

さてインドの王は餞別に大象1頭、金銭3,000、銀銭10,000を与えたという。金銭、銀銭は以前にも記録したが中国以外の西域では流通貨幣として使えた。当然その旅費に使われたのだろう。実際のところ、玄奘に直接渡したのではなく、玄奘を送ることを指示された北インドのウディタ王にこれらを送っている。p247 

つまり復路も権力者にうまく取り入りその援助と保護をもらったということ。こういう書き方は、宗教者には嫌われるかもしれないが必要な理解だと思う。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ