2021/1/16

医療のアンバランス & 『空海』2  お勧めの1冊

<医療のアンバランスを考える>
土曜日の朝、NHK-BS1でイタリアのペルガモで起こった医療崩壊のドキュメンタリー、『医療崩壊〜イタリア・感染爆発の果てに〜』を観る。
https://www.nhk.jp/p/bs1sp/ts/YMKV7LM62W/episode/te/XW53M7K786/

「緩和ケアー」の実態は静かな死を迎えさせるための方便だったとか。災害や戦争時の「トリアージュ(Triage)」が現実に行われた現場の壮絶さに胸が締め付けられる。

このところ日本でもコロナ感染者の数は異常な勢いで増えている。より信頼性の高い死者数でみると、第三波は何段階かの加速を経ていることが分かる。日本では第二波まで何とか抑えられてきたコロナ禍だが、現状の三波が同じ様に推移するという保証はない。もしかするとペルガモで起こったような事態が起こらないとは限らない。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/6410/trackback


…ところが、日本では上記のような医療崩壊の危険性が囁かれる一方で、これまで老人の通院が多かった町中の内科、整形などではコロナ感染を心配する患者の通院が敬遠されて、経営が厳しくなっているという不思議な状況があるらしい。それだけを見ると医療逼迫は眉唾?と思われるほど。

一体何が起こっているのか?

実際、私が月1で通院する病院では患者数は減っているように感じる。ところがこの病院では基本コロナ患者は引き受けない。これはこの病院が介護付き住宅型有料老人ホームを併設していて、一度コロナが病院で発生すれば入居の老人に広がり、この「老人キラーウイルス」の餌食になることが明らかだからだ。

聞けば現在日本の病院の病床の3%しか、コロナ患者用ではないらしい。高齢化の進んだ日本ではこれまで病院の多くが老人専用みたいになっていて感染症などは非常に特殊だったことと関係がある。

コロナをみる病院は逼迫し、それ以外の病院はカッコウ鳥*が鳴いている。このアンバランスを解決する方策を探ることが重要。

まず感染専用病棟を急いで整備すること。現在ある病院で難しければ中国のように突貫工事で造れば良い。また人員の問題は、現在コロナで必要な研修が難しくなって5年間の研修年月を無駄にしている研修医がいると聞くので、彼らに感染症の研修をしてもらい(条件にしてもいい)、それなりの待遇を保証する。

それでなくても昔から研修医は薄給で待遇が悪かったので、これを機会に待遇改善も行う。それ以外に大学院生もいる。かれらは、経験は少ないかもしれないが、若く活力があり、医学貢献への強い意識をもつ集団。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/6426/trackback

むかし医学部助手時代、睡眠不足でフラフラになりながら院生が実験をしていたことを知っている。最初は事情を知らずに叱責したが、その後事情を聞くと無給で働き、外の病院での夜勤アルバイトで何とか生計を立てていると聞いた。それが今十分改善されとは聞かない。これを機会に研修医、院生に十分な報酬を与えてコロナに立ち向かってもらうというのはどうだろう? 
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5813/trackback

これは「真珠の涙」さんのblogでの書き込みに触発された記事。
https://ameblo.jp/midmid-0617/entry-12648739122.html

*訂正:
「閑古鳥:かんこ鳥」は「かっこう(郭公)」の別称ではあるが、文章中では「かんこ・どり」と呼ぶべきで「カッコウ・どり」と書くのは間違い。



『空海』2
1984年に日中共同で空海の福州から長安へのルートの解明がなされたとか。p47 まさに先日のNHK-BSの番組で観た「空海のまわり道」の経路だろう。問題は福州から杭州までの陸路。閩江を遡り峠越えをして富春江を降るルート。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/6010/trackback

ここで円仁との比較がある。円仁が極めて詳細な記録を残し、世界史的にも貴重な史料を残したのに対し、空海は宗教的なものはともかく、滞在中の記録を殆ど残していない。それゆえにこそ空海の伝説が色々語られる原因にもなっているのだろう。

しかも僅か滞在2年で、本来は数十年の修行が求められる留学僧でありながら早々に滞在を切り上げ帰国する。しかし、手ぶらで帰国したわけではない。否、それどころか恵果から胎蔵界と金剛界の灌頂を数千人の弟子の中でただ一人受け、帰国する。その後、すぐ恵果は世を去る。まさに不可思議ここに極まれる。

著者はこのことについて、『この期を逃せば正嫡の法が途絶えるという切迫した状況にあったため』p55 とするが、これを空海の非凡な才能を恵果が見抜いたというだけの説明では納得できない。但し、これは空海の余りの偉大さゆえにあまり問題にされることがないように思う。何故、異国の僧になのか? 

これについて独断と偏見で説明をつけるとすれば、正に異国であるが故。当時の中国の宗教状況ゆえだと考える。すなわち、道教の興亡と仏教の衰退を彼、恵果は予想していたに違いない。事実、その後円仁の時には仏教は弾圧をうけ廃仏の憂き目に会う。それゆえ、東海の唐朝の勢力圏外に密教の教えを逃したかったのではないか、というのが私の理解。同様なことはその後の宋代の道元にも言えると考える。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/3178/trackback

著者はここで面白い仮説を述べる。それは日本において仏典の解釈において激論が戦わされていところから空海はその回答を求めるという意味でも唐に渡ってきた。ところが、そこでは2つ胎蔵界と金剛界の密教が止揚されうることを体得したことの衝撃である。p58   なるほどそうした見方もありうるかと思う。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ