2012/10/23

『中国の歴史』6  お勧めの1冊

<素朴な疑問>
最近、中国情報について日本在住?の華僑方のblogを知った。
http://blogs.yahoo.co.jp/jin_dangsheng1

数年前に中国に興味を持ち、にわかに調べ始めた者としては貴重な情報源で反論など滅相も無いのだが、それでも疑問を感じることが幾つかある。

例えば今回の反日デモ。 blog主の「日中金論」さんは、

『愛国教育と反日感情はまったく無関係とは言い切れないが、最重要原因ではない。反日感情のもっとも重要な原因は、別のところにある』とのことで、以下のような論陣を張っておられる
http://blogs.yahoo.co.jp/jin_dangsheng1/9866876.html

  …しかし、大抵の日本人が中国のことをよく知らないのと同様に、普通の中国人も日本のことはほとんど知らない。彼らは政府の愛国教育での情報か、ネット上の真偽のはっきりしない情報、あるいは毎日何処かの局で流される抗日ドラマくらいしか日本についての情報を得る手段はないのではないか。 少なくともデモに参加した10万人がそれ以上の知識を得ているとは思えないが? 

だとするなら「対日抗議の強い民意」とは上記の3つの情報源から生まれたものではないか? 特に毎日流れる、抗日ドラマの影響は大きいと感じる。 

例えば毎日「原爆ドラマ」や「空襲ドラマ」が流れる状況を想像してみればよい

そのようなドラマが茶の間で流れていて気まずい思いをしたことは1度や2度ではない。


『中国の歴史』
魏は中央集権化を進めた(私軍を極力解散させ軍屯制度により国家自前の軍隊を持とうとした)
呉は豪族の力が強く私兵集団的(山越討伐という難題も抱えていたこともあったので)
蜀は劉備に代表されるように流民寄り合い部隊=外人部隊的 p197

  これが後、蜀と呉が滅亡し、魏が王朝を代えながらも実質残って行った原因か? 
  (時代としては呉の滅亡より魏王朝の滅亡=司馬炎による簒奪が先)

長沙走馬楼簡牘:1996年に湖南省で発見された10万枚におよぶ呉の地方官庁文書、竹簡。時代的には漢時代から三国時代まで(最古は建安2年、AD220〜呉の嘉禾カカ6年、AD237)解析はこれから。p232

  三国時代の文書、特に呉の文書は余りないという、今後の研究が楽しみだ。


魏の時代、玄学が流行した。これは儒教と道教を横断的に解釈しようとする思弁的、抽象的なもの。それまでの儒教は実践道徳的。p247

このなかで「才能と徳性は無関係である=徳性が劣っていても才能があれば登用する」という考えをもつ一派が現れたとか、実に面白い同じような現象が中世ヨーロッパでも実在論と唯名論の論争として出てくる。

即ち、
『たとえ異端の司教から洗礼を受けても、それが形式に則ってなされていれば、洗礼そのものは有効』だとする論理。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/102/trackback
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