2016/3/12

『杨逸が読む「聊斎志異」』  お勧めの1冊

前のblogに「3−11で変わったこと」と題して、省エネ意識の変化を挙げたが、
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/4409/trackback

その後いろいろなやり取りがあり、本当に変ったことは「信頼」だということに気がついた。
http://ameblo.jp/nanzuhan/entry-12137997523.html#cbox


BSフジプライムニュースでも福島の話題だったが、今回も原子力工学の東大教授がトリチウムの危険について語っていた。
https://www.jaero.or.jp/data/02topic/fukushima/interview/okamoto_t.html

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何故放射線の危険性を原子力工学の専門家に語らせるのか? 放射線影響学や放射線生物学の専門家に語らせないのか? 彼らならこの教授のように『飲んでも大丈夫』などとは口が裂けても言わないだろう(同氏はトリチウムの最大の危険性が「内部被曝」であることを知らないはずはないのだが??) 
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/2745/trackback

ここは是非、マスコミも利益相反の意識を持ってもらいたい。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/2223/trackback

ちなみに、過去にトリチウムの紛失で大騒ぎになった事例を知っている。もちろんこれは法令違反(放射線障害防止法)

平成16年11月16日 東京大学医学部附属病院放射性同位元素共同研究施設で 「3H」と記載のある遠心管(容量約15 )4本が発見された。分析の結果、核種はトリチウムで、数量は総量約9.4メガベクレルであったとか。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/gijyutu/004/004/shiryo/05021401/008/002.htm





『杨逸が読む「聊斎志異」』
杨逸著、明治書院、2011年初版(H23)

解説によれば明末、没落名家に生まれ万年科挙受験生の蒲松齢(1640-1715)により書かれたものとか。所謂、「白話」の類か? 内容は男性目線のファンタジー。最後まで栄華を得られなかった男の屈折した感情により書かれたものという感じがする。

印刷術そのものは宋代に確立したと聞くが、経済活動としてではなく、布教や行政の一環であったとか。それが明末になってようやくビジネスとして印刷業が開花したと聞いたことがある。それが理由かどうか判らないがこの作品にも先日の『西遊記』同様、どこか作為的な創作活動、販売促進のためのようなものを感じるがどうだろう? 古典文学として有名なこの「聊斎志異」をこのように表現するのはケシカランとお叱りを受けそうだが。

内容としてはとりたててのことはなかったが、1つだけ面白いことが書かれていた。それは中国の幽霊には「足がある」ということ。中国では昔から女性の足は性的象徴で、それゆえ女幽霊と生きた男の間に恋愛が成立する。それに対し日本の幽霊には足がなく、それ故幽霊との恋愛話は成立しない? p124

云われてみればなんとなく納得できるところがあるが、それでは日本の幽霊は何時から「足が無くなったのか?」 実は調べてみると江戸時代がその初めらしい(丸山応挙が有名)。かなり最近のこと。それならば、それ以前の日本の女の幽霊と人間の男の間に恋愛話が成立してもよさそうだが、そのような話をあまり聞いたことがない。日本の幽霊女と人間の男の間に恋愛話がないのは著者の「足の有無」の説明だけでは十分ではないような気がする。 むしろ道教的世界観をもつ中国と仏教的世界観の日本の違いではないだろうか? これは今後の課題。


追伸
このようなことを語る人もいる。なんとなく納得できる。

マスコミも放射線障害にことを話題にするのに、いつも原子力工学の専門家を呼ぶのは解せない。放射線医学の専門家も呼ぶべきだろう。

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