2016/6/26

『コサックのロシア』8  お勧めの1冊

イギリスのEU離脱について、「後出しジャンケン」のようなことを吹聴している人がいるが、少なくとも私の知る限り<英国がEUから離脱する>という筋書きで動いていた人はいなかったがどうだろう? 

もし予想していたなら、今頃その人は株で大儲けしているはず。一人ほくそ笑んでいるはず(笑)



『コサックのロシア』8
ソビエト崩壊後、政治や経済の混乱でゆとりがなくなり、政権側はコサックを味方に引き入れたと著者は言う。特にエリツエン政権が1994年にチェチェン共和国に対する第一次チェチェン戦争を始めた時点でコサックの義勇隊が参戦した。p233 それは第二次チェチェン戦争(99年)でも同様。

ソビエト崩壊後、ロシアの軍や国境警備軍は新しく生まれた国境の外にいたが、当時のロシア政権にはこうした軍を呼び戻す余裕がなく、さらに給与の滞納や食料不足で国軍の士気は落ちていた。そこでそれに代わるものとして、コサックの自警団が新たな国境の警備を受け持った。p236  実際、この頃国境は誰でも自由に往来できる状態で武器や麻薬の密輸も野放し状態だったらしい。p251 

93年にはエリツエンの名前でロシアの正規軍、国境警備軍、内務省軍の中にコサック出身者だけで編制するコサック部隊を創設した。p255 こうして、歴史的にコサックは国家権力に刃向かうものとして発生したが、国家拡張時には尖兵として国家権力の手先ともなる存在であった。ソビエト崩壊後にはむしろ後者としてその存在感を示した。p244

ここで重要なことが記載されていた。それはこれまでも「中ソ間での国境確定」として述べたことがあるが、1991年中ソは東部国境線4200キロを確定した。p284 とはいえ、著者によれば今でもロシア人は中国人に対し抗い難い恐怖の念を抱いているらしい。

それはそうだろう。ともに大陸国家、国境線をめぐる争いは宿命みたいなもののはずだ。特にロシアが恐れるのは中国の人口とその旺盛な活動、中ロ国境地帯では、人口の希薄なロシア側に比べ人口も多く、しばしば越境してロシア側での活発な経済活動を見せる中国人に対しロシアが潜在的な脅威を感じているのは理解できる。p284
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