2007/11/26

『カフカース:二つの文明が交差する境界』3  お勧めの1冊

『アルメニア建築はアルメニア人によって限られた地域に建てられた建築であるにも関わらず、西欧世界で用いられた教会建築のあらゆる形式がほぼ7世紀までに出現している』p137

『従来の歴史観では文化的に劣勢にある地域で、文化的に優勢な地域でその後に主流となる建築様式が早期に作り出されていたという歴史的原則の矛盾に突き当たることになる。p153

このことがアルメニア建築に対する並々成らぬ興味を引き起こす理由になっていたとか。ただこのことがナチスドイツに利用されたことで、すなわち、アルメニア建築をインド・アーリア語族の建築的な祖型と捉え、セム語族の建築とは異なる系譜に属すると解釈したことから、その後タブーになり、研究が中断された?とも著者は述べる。p122

ビザンツ建築の空間を非常に判りやすく表現した文章に出会った。

『…ドームを支持する中央の4つの柱によって内部を9に分割する平面様式… 狭い堂内に立つ柱や、張り出した小部屋のせいで、堂内を一望することはできず… 死角になっていた空間が徐々に目の前に展開してくる… こうした光と闇の交錯する空間は奥行きが深く感じられ… これがビザンツ建築の空間体験なのである… このような空間構成の建築は内接十字形と呼ばれ…』p150

非常に判りやすい表現である。しかもこの形態はアルメニアの十字形教会と類似性を有することが判る。
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上の図面ではなかなか判りにくいが柱の位置に注目してもらいたい。これではどうだろう?
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その他のアルメニア建築の特徴として、『ギリシャ・ローマの神殿建築にみられる単一部材から成る柱がなく壁工法をとる。p161


『…キリスト教がパレスチナという地中海交易で栄えたフェニキア文明の地に誕生し、同時にその地域が古代から都市文明を育んだ地域であったことは、キリスト教に何よりも都市宗教としての性格を付与することになった。 神と個人の契約条項により成立する信仰は、農業神としての農村共同体の祭祀を司る宗教とは基本的に異なり、商業的な契約制度を宗教に移し替えたとも考えられる』p137

面白い視点である。しかし同じことはイスラーム教においてもしばしば語られていることではある。
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