夢が家出しましてね。
ええ、ユメ。
うちのネコ。
人間ならたぶんもう70歳前。
おばあさん。
それが、あなた、自由を求めて。
ええ、そう。
おおるど'だむ、が、らぶ、ふりいだむ。
マンションですからね。
出してやることができない。
何階だという観念がどうしても習得できないらしく、よその階へ行って。西から2番目のドアの前で、入れろ、って鳴く。
そう、うちが2階の西から2番目。
迷惑かけるから、自由行動はもうずっと家の中だけ。
だから、外カンがもう皆無。
見知らぬ人と遭遇してパニクったら、迷子になってしまうのは必定。
でも梅雨に入ってね。
蒸し暑いでしょう。
風を通したいからドアを少しあけてね。
そこにサクをめぐらしてユメが出ないように用心はしてたんですが。
ちょっと油断してるうちに、じぶんでサクを押しあけて、出ちゃった。
前にそういうことがあったときには、地下室に閉じこもってましてね。
これはすぐに見つかったんですが、今度は地下室にもいない。
家内が心配性でしてね。
マンションじゅうをかけまわって、ユメ、ユメ、って呼ぶんですが、いっこうに返事なし。
ぼくがね、
家の中よりけっきょく自由がいいんだから、ほうっておくしかないよ、
っていうと。
妻は、
あんたはハクジョウだ、あの子がひとりではゴハンも食べれないこと知ってるでしょう、ほんとはあんた、あの子を愛しなんかしてなかったでしょう、
と総口撃。
もうモノも言ってくれない。
じっさい、赤ちゃんのときから歯の噛み合わせが悪いネコで、食べ物はそのつど細かくくだいてやらないと、食べられない。
失踪1日、失踪2日、失踪3日…。
そのうち、ずいぶん遠くの中学校のあたりで見た、という目撃談まで舞い込んで、
夜の12時前に、スワッ。
こりゃあもうマンションの周囲1キロくらいに捜索範囲を広げないといけないかなア、と。
ぼくも散歩の方角を日々変えて、あっちへウロウロ、こっちへウロウロ。
ときどき、あたりに人の途絶えたのを確かめて、一声、
ユメーッ!
ちょっとオカシなひとのよう。
でも、やっぱし、
オールド'ダム ラブ フリーダム、でもう地のハテあたりへ行っちまってるかもしれないしなア。
じょじょに忍び寄る徒労感…。
で、失踪4日目。
どこやら天空のかなたのほうで、
かぼそさこのうえない声で、
ニヤーン。
ネコほど耳のいい家内がそれをすばやく聞き分けて、ウサギのごとく跳び出していった先は。
開かずの屋上の塔の中。
以前は自由に上がれてたんですが、近所の中学生なんかがたまり場にしはじめて、それで進入禁止になっていた、そこにこもってたんですね、
4日間、飲まず食わず、ウンコもシッコもしないまま。
…ウンウン、もう何も言うな、ようガンバッタ、ようガンバッタ。
夢帰る。
ガブガブと水飲んで、ガツガツとメシ食って、ドッサリとウンコして、タップリとオシッコして。
ま。とにかく、そうして、夢の大冒険は終わりまして、
前と同じ日常が来た次第。
まだ妻との間はちょっとギコチナイですが。
これも、まあ、いずれ。
で、ユメはさすがに疲れたのか、ドタッ、ドタッ、と寝ています。
というわけで、というわけで、というわけで…。

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