タイタニック号沈没事故では、女性の生存者の
比率は74%、子どもは同じく51%だった一方、
男性は20%にとどまった。また乗務員全体の生存者
の比率は23%(男性22%、女性87%)にすぎなかった。
タイタニック号では
女性と子どもの客>男性客>女性乗務員>男性乗務員
の順に脱出するという順序が守られた。
スミス船長は脱出命令を下した後、救命艇の
セッティングを最後まで指揮し、最後の救命艇
に乗るよう勧めた部下の声に耳を傾けず、
沈みゆく船に残った。航海士3人も船長と共に
犠牲になった。
機関士や火夫(蒸気機関のボイラーの火を扱う職業)
たちは、船底部分に水がたまるまで、ボイラーに石炭
を投入し発電機を回し続けた。そのおかげで、
タイタニック号では沈没の2分前まで電灯が灯り、
乗客たちは明るい船内から脱出できた。
火夫たちもまた、船と運命を共にした。
船の設計に関わったトーマス・アンドリューズは、
海に投げ出された乗客たちがつかめそうな物を
次々と海に投げ続け、自らは命を落とした。
専属の楽団員8人は「乗客たちを安心させるため、
できることをやる」といい、沈没の10分前まで
演奏を続け、全員が犠牲となった。彼らは皆、
生死の瀬戸際にあって
「乗客が全員脱出するまで船を守る」
という船員としての名誉を最後まで守ったのだ。
この記事を読んで泣けてしまった。
そして自分は我が身を犠牲にして
人を助けられるか考えてみた。
困った、答えが出ない。

1