いつも思いつきで書いてすみません。今日の記事も思いつきです。(過去の回想です)
メインブログや このブログをずっと 読んでくださっている方はご存じだと思うのですが、
私の生まれ育った家庭は というか、母親が、すごく教育ママでした。
だから、私は いつしか(そんな環境で育つうち) 当然自分は(勉強が)出来て当たり前の存在だと感じるようになっていたし、いわゆる偏差値の高い大学を出、一流と言われている就職先を得る事も 当然だと感じる人間になっていました。
でも 突然の強迫性障害の発症。
一流は愚か、日常生活さえ まともに送る事が出来ない自分に、自分は駄目な人間と卑下が募る毎日。その一方で 自分がエリートでいる事を 当たり前と考える意識は、(私の奥の)根本ではなくならず、 現実と理想のあまりの違いに、私は葛藤を繰り返し苦しみました。
私は小さい時から、遊びも知らず 勉強のみを頼りに生きていた人間ですから、ほんと半端じゃなく この葛藤に、苦しみました。だけどね これに関して 輪をかけたように苦しかった事が その時の私にはあって、
それは何かと言うと、母が私に求める エリート志向の意識が (どんなにOCDの症状が醜くなろうとも)全く変わらず、強固であり続けたと言う事なんです。
日常生活さえ まともに送れない人に対して、大学 ニ、三回生の 頃には、(OCDの影響で 進めた大学が アホ大学なのだからと ←これは 母が日常的に言葉にしていた 母の表現方法です) アホ大学を 補うため 役に立ちそうな資格を取れ、と 何度も 何度も 追い詰めてきました。
私は心で 「いや 無理だよそんなの・・・。 大学に通い続けているだけでも 死に物狂いで奇跡のような状態で その上 資格なんて そんな余裕が どこにあるの・・・」
そう叫んでいましたが、 母にそれを言うと、どんどんヒートアップし、自分が もっとつらい状況におかれるのが分かっていましたから、私は この状況下でも 母の求めになんとか応じようともしたし、 それが結局無理で、 自己を卑下する思いを もっと募らせる事にも繋がりました。
四回生の時には、母に責められるのが怖くて、症状をあまりみせず、毎日を過ごしていると、「もう治っているんだろ」と いい就職先を見つけるよう 毎日のように言い寄られていました。(日常生活もまともに 送れないんだよとは 言えなかったです)
この時の私は、私自身 (OCDの ため受験勉強ができず)自分が通わざるを得なくなった 大学に満足ができていなかったのですが、それを面と向かって 親から毎日のようにアホ大学と 称され、それを挽回する為、いい就職先をみつけるよう追い詰められるわけですから、その事は相当キツイ事でした。
なんだか ツラツラと書きましたが、何が書きたかったかと言うと、
もう症状が酷くてそんな状況ではないにも関わらず(それが分からず)、なおも、学歴や学校の成績、そんな事を一番に?気にし、接する家族の方って ほんと多いんじゃないかなぁと 思うのです。
私は 現在は親の立場の人間なので 娘がレールから 外れてしまう事を考えると、それはやはり親にとってものすごく焦りの事項だと思え、無理はないなとは、思うのですが、 でも、外れて行ってしまって 一番つらい思いをしているのは、子供自身なんですよね。
それに、もうその時はどう生きていくか・・・で精一杯なわけで、 そんな時に 学校の心配ばかりされてしまったら、それが 本人をどれほど孤独に陥れ、精神的に追い詰める事に繋げるか その思いに 少しでも気持ちをはせてみて 欲しいのです。
その時その場で 一番大切なのはなんであるのか・・・見落とさないようにしないとね。
今回 ご家族の方へという カテゴリを 増やしてみました。
過去にも いくつか記事を書いているので、時間があれば 少しずつそのカテゴリに入れ直してみたいと思います。(なかなかないんですけどね(>_<) いつになることやら)
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