2007/4/15
アイルランドのスポーツ
アイルランドは長い間中央集権的な強力な国家を持つことはなく、いまでも、地方分権的なコミュニティ単位の帰属意識が強く残っている。
アイルランドのケルトはゲール人というが、ゲール人は、農耕社会で家父長制大家族を単位とした氏族共同体を形成し、政治的には決して統一されることはなかった。このアイルランドに文化的統一をもたらし、同一民族としての意識を育んだのが、土着宗教ドルイド教であった。このドルイド教に取って代わったのキリスト教であった。
アイルランドにおけるキリスト教改宗は、聖パトリックによって、ドルイド教と融和しながら進められた。つまり、ケルト文化を残したままキリスト教化したのである。このため、ゲール人の氏族共同体と結びついた司教区が設定された。司教区は、コミュニティとしてこんにちまで受け継がれている。
グレートブリテン王国による併合以降、アイルランド国内では、英国との連合をベースに英国人としてのアイデンティティを重視するユニオニストと、英国からの分離独立と共和主義をベースに自由なアイルランド人の創造を戦略的目標とするナショナリストの対立という構図が生まれた。
ところが、アイルランドにおけるナショナルとは、近代社会における国家ではなく、土地の感覚に根ざした司教区を単位とした地域社会であるとされる。アイルランドで国家といえば常に英国のことであり、支配者のことであった。このため、アイルランドにおけるナショナリズムは、アイルランドの地域割拠性によって統一性に欠けたものであった。
アイルランドに、同一民族としての意識をもたらしたカトリックは、アイルランド北部(アルスター地方)にプロテスタント社会が成立すると宗教対立を生むものへと変化した。このアイルランドにナショナルアイデンティティをもたらすアイルランド的なるもの(アイリッシュネス)のひとつがゲーリック・ゲームスである。
ゲーリック・ゲームスとは、ほぼアイルランド島でのみ行われている各種の競技のことで、ゲーリック・フットボール、ハーリング、ハンドボール(ラケットではなく素手でボールを打つスカッシュに似た競技)などがある。このゲーリック・ゲームスを推し進めているのが1884年に創設されたGAA(ゲーリック・アスレティック・アソシエーション)である。
今年の聖パトリック・デー(3月17日)に横浜でアイリッシュ・スポーツ・デイ2007を催したのもGAAであった。http://www.inj.or.jp/event/sportsday.html
GAAは、英国に併合された中で、アイルランドの伝統的な娯楽(pastime)を守るための全国的な組織として設立されたが、その根底にあるのは、生活における非英国化を目指したものであった。独立運動やアイルランド語の復興がままならない中、GAAは「文化」という側面から緩やかに統合することによって、アイルランドナショナリズムの確立に成功したといえる。
2004年の年次レポートによれば、北アイルランドの6州を含めた32カウンティに大小2597クラブ(2003年現在)を擁している。GAAは、基本的には司教区に根ざした各クラブによって成り立っている。さらにそこから選抜された選手は、カウンティの代表となり、プロバンス大会、さらにはオールアイルランドのチャンピオンシップをかけて戦う。
そこには、強い「地元」への帰属意識が表れており、この場合の地元とは自分だけでなく両親や祖父母などの出身地も含まれる。ここでは、「ナショナル」は「国家」としてではなく、「自分の生まれた土地」として表れる。
参考及び引用文献 アイルランドにおけるスポーツ−ゲーリック・アスレティック・アソシエーションを例に−坂なつこ

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