(葉月廿七日) 世襲  社会

麻生内閣が組閣されその世襲率なる数字が紙面を踊っている。世襲とは広辞苑によれば、「その家の地位・財産・職業などを嫡系の子孫が代々受け継ぐこと」とある。しかし、地位や財産、職業を同列に論じてもいいものだろうかという疑問がまず湧いてくる。地位というのは身分であるから日本では皇室や一部の家元、教祖を除いて論じるに値しない。財産の世襲というのは厳密に言えば、単なる遺産贈与のことではなく、子孫といえどもその財産の処分が法的に禁止されている状態である。したがって、現代的な世襲問題というのは職業の世襲問題ということになる。

そもそも職業選択ということであれば、世襲批判というのは正鵠を得たものといえるのだろうか。言葉の本源から外れるが、母親の職業の世襲も同列に論じられるべきであろう。大分の教員採用の口利き汚職も、元はといえば、子の職業に親が介在する率が年々高まっているからであり、さらに子供を自分の所有物と思い込む親が増えてきているためである。しかし、この思い込みが少子化の原因であるという事実に対して誰も評論しないのだろうか。

職人や農業の後継者難を悲しんでみせる人が、政治家や経営者の世襲を批判するのは私から言わせて見れば、偽善そのものである。私なりの結論は「世襲は悪い面はあるが良い面もある。」という陳腐な意見である。だいたい、おじいちゃんが総理大臣だったというだけのミュージシャンを人気者にしている現実があるじゃないか。
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