(皐月五日) 裁量権  社会

2003年7月に長崎市で起きた男児誘拐殺人事件で、長崎県の長崎こども・女性・障害者支援センター(児童相談所)は加害少年(18)が昨年9月、児童自立支援施設を退所後、同県職員と九州の里親の元に向かう途中で行方不明となり、数日後に長崎市で保護されていたと発表した。少年は再び施設に収容された。「自殺するつもりだった」と話しているという。

悲惨な事件の内容を降り返ることはここでは伏せたい。私が疑問に思ったのは、なぜ去年9月に起きた失踪事件について、今になってわざわざ公表したのか、この点だけである。処分後の少年について一切を明らかにしないのが、これまで当局が守ってきた原則である。それを、今回は少年のその後の経歴まで暴露している。以下のとおりである。

<同センターによると、少年は07年9月、さいたま市の児童自立支援施設「国立武蔵野学院」を退所した。その後、別の児童自立支援施設に1年間入所し、里親の家へ向かうため九州のホテルに泊まった昨年9月17日早朝、引率していた県職員2人が目を離した間にいなくなった。>

こんなことが出来るのならば、日本中が不安になっていた「酒鬼薔薇」についてのその後の情報を公表すればよかったではないか。しかも犯行時の年齢はあちらの方が上である。今回のこの情報の暴露がいけないと言っているのではない。むしろ、こういう公表はどんどんすべきだと思っている。しかし「何を原則としているのか」と聞きたいのである。

司法当局はいったい何を「基準」としているのか。司法当局であれば、恣意的な運用が許されるのか、マスコミは当局に問うべきではないか。
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