(卯月廿参日 下弦) 26歳  プライベート

昨日で長男が26歳になった。携帯メールでメッセージを送っていたら、そっちも体に気をつけてと常識的な返事があった。愚息もだんだんと常識人になりつつあるということか。26歳は私が結婚した年でもある。私たちの時代は二十代後半には結婚と云うことが当たり前に思えた。でも今は30代でも独身という人も多く、愚息も今は仕事の方が面白いようだ。

とはいえ、いつかは愚息も結婚するだろうし、私も孫ができるのかもしれない。ただ、娘はいるがたぶん花嫁の父にはなれないという、ちょっぴり寂しい思いもある。子供たちを育てるというのは人生において大いなる喜びであるとともに、期待と失望の繰り返しでもある。

社会に出るまでは親は子を躾けきる責務を有している。今時の友達感覚の親子では将来に憂いを先送りするだけである。社会生活にはルールが絶対不可欠であり、それに対応しきれないのは結局親の責任である。人間の品位と尊厳を維持し、年齢相応の対処、自分本位からの脱却、そして臨機応変な行動を心がけることが社会を生き抜くことになる。このことを親は子にたたき込まなければならない。それが放棄されているのが現代であり、戦後の日本の家庭でもあった。だからこそ子による親の撲殺、親による子に対する殺人が起こってきた根本原因ではないか。

一応26歳の愚息にはそれをたたき込んだが、まだまだ未熟であることは云うまでもない。一層の成長を願うばかりだ。
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