(皐月壱拾参日) スーパースターの要領のよさ  スポーツ

ワールドカップは明日未明のLIVEなので、この時間に弱い私がすべて見るのはまず無理であろう。夜のスポーツニュースで細々とプロ野球の結果を伝えているが、この待遇の格差も仕方がないだろう。なにせ4年に一回のことだから。

さて野球選手はオリンピックで見るような鍛え抜かれたアスリートである必要はない。プロの打者であれば打球を遠くまで飛ばし、投手であれば正確に投げられることを技能とした特殊集団である。今は野球に必要な筋肉が認識されており、やみくもに鍛えればかえって故障の原因となることも知られている。しかし昔は金本のようにキン肉マンのような鍛え方をした選手にスーパースターはいなかった。王や長嶋を見れば明かだろうし、野村などまるで藤山寛美似だった。(岡田はもっと寛美に似ていたけど)

一生懸命汗を流し、それにより何か満足感を得て勘違いする選手は多い。そういう選手に限って大差の試合でやけに張り切りたがる。いまでこそようやく認識されたが、大差の試合では盗塁が記録として認められない。しかし日本ではこういうふうになったのはごく最近だろう。

スーパースターは人間の体力と気力が有限であることを分かっており、限られた力を集中した。だからファンの印象が強いのである。いつも全力プレーというのはアマチュアであれば清々しいが、プロの一流選手ではあり得ない。手を抜くというとスーパースターを語るにはふさわしくないので、要領がいいと言い換えるが、未明の試合もここぞと云うときにスーパープレーを発揮してくれる選手が多い方に勝利の女神がほほえみそうである。
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