(神無月廿壱日) 日中外交  


靖国神社の参拝問題がネックになっている日中外交だが、お互いの議論が噛合わないのはなぜか。いろいろな理由があるだろうが、私は日本人の外向きの態度の曖昧さではないかと思う。沈黙は金なりとか、和をもって貴しという価値観は日本国内では困らないだろうが、国外では寡黙は馬鹿扱いされるのが常識である。日本人は国内にあって周囲は日本人ばかりで、別に自己主張しなくても価値観は分かち合えるという認識がある。

中国人にとって日本人というのが分からないのは、このあたりに原因があるのだろう。何をいっても反応しない、靖国にしろ、南京虐殺にしろ、反論があれば堂々と反論すればいいのであり、中国人もそういう議論は好むのではないか。しかし、2CHのような匿名の掲示板で対中強硬論を振りかざしたところで、あまり意味があるものでもないだろう。問題がおこれば正面から当たらなければ本質の解決はない。世界に向けての自己主張がそれを解決する唯一の手段ではないだろうか。 
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