(神無月廿参日 下弦 八専始) 関西という概念  

関西という言葉が日常語として定着するのは、関西が日本経済に対する圧倒的な主導力を東京に奪われた明治以後のことである。当然のことながらこの関西という言葉には最初から恨みが充満している。天下の台所として君臨していた大坂が、元来政治都市であった東京に日本経済の中心という座まで奪われたのだから、それも仕方がない。かつての栄華や伝統文化に対する自賛と現状についての劣等感や中央への隷属意識という開き直り、甘ったれた孤独感、そしてルーズな礼儀作法など関西の複雑な心理は、かつての最下位の常連だったタイガースそのものであった。それに比べると東京や関東という言葉は単純な力を現している。かつての読売ジャイアンツであった。

野球においてはここ数年東西の逆転現象が起きているが、肝心の政治経済の格差は広がるばかりである。日本中の税金を首都に吸い上げるシステムが東京の地位を確立させたが、他の国に見られる都市の多様性を失い、価値は東京だけにあって、その他はすべて「地方」という単色に染められた。従来は関西、大阪がそれに対抗しうる存在であったが、いまやその地位も名古屋に奪われそうである。

しかし、だだっ広い関東平野と遠くに見える富士山という単細胞的な地形よりも、北は若狭湾から琵琶湖、大阪湾、瀬戸内海、紀淡海峡、熊野灘と地形に恵まれた関西の巻き返しを期待したいものだが、無償で役立つこの複雑な地形はそこに住んでいる人間という媒介を通じて、活性化されるものである。いまだ休火山たる現状を打破する気概は野球の応援以外にはないようである。
0




※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL





AutoPage最新お知らせ