(文月廿七日) 延長再試合  

戦前の中京商業Vs明石や、坂東・徳島商業Vs村椿・魚津などの延長ドラマは写真やフイルムでしか知らないが、昭和44年の松山商業Vs三沢はテレビに釘付けだった。全国の野球ファンはあの三沢・太田に勝たしてやりたいと思っていたようだが、野球王国愛媛が負けるはずが無いと軍国少年ではないが、一途に松山を応援していた四国の片田舎の坊主がいた。

その後、星陵Vs箕島や横浜VsPL学園という球史に残る試合も見てきたが、この夏はこれほど両チームのエースが安定して、これは引き分けかなと思える試合は無かったのではないか。日曜日で晴天にも恵まれ、満員の観衆のもと、延長15回まで繰り広げられる死闘で疲労は蓄積しているだろうに、君達はなぜそこまで燃えられるのだろうか。50歳を超えたおじさんは君達が羨ましく思えた。優勝したいというただ一途な気持ちがそうさせるのだろうか。高校生の健康を考えれば、この時期の阪神地方は世界でも一番過ごしにくい場所である。入場式のスタイルからしても、それは戦前を思い起こさせるものだし、それを左の朝日新聞が主催しているという矛盾を誰もが忘れ、理性を超えた戦いに皆が酔いしれる。

青春真っ只中の高校時代を汗と泥にまみれて練習に明け暮れ、負ければ終わりという背水の陣で相手に向かうということは、どこかで悲壮さも感じられるが、彼らの涙にはそそられる日本人の源郷がこの甲子園という地にあるのかもしれない。地域代表と夏休み、お盆休みが重なり、これほど日本人の帰属意識の高揚もないということか。
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