(如月八日 上弦) 将来の日本  

能登半島の被災地の光景を様々なメディアで見ていて感じたのは、やがてこの国全体がそうなるであろう「人の少ない」「高齢化社会」ではないだろうか。倒壊した家屋が数多くあるのに、亡くなった方はお一人だけである。しかも灯篭の下敷きといういかにも不運な亡くなり方だった。倒壊した家屋の下敷きになってという犠牲者はゼロなのである。私の実家の四国でも同じような光景が見られるが、テレビに映し出される避難所の様子に息をのんだ人も多いのではないだろうか。圧倒的に老人が多い。これまで、あまたの災害で避難所の様子は紹介されてきたが、これほど高齢者が目立ったことはなかったはずだ。

困ったときはお互い様という互助精神は生きているようだが、助けられるほうも助けるほうも老人という事実を都会に住んでいる人間はどう感じただろうか。あれだけの地震である、余震は予想以上に多発する可能性が高い。かくいう私も阪神大震災の時には気が張っていた2,3日後に突然激しい頭痛に襲われた。この後余震の中でストレスとどう向かい合うか、高齢の方が多いだけに心配である。

マスコミは悲劇が大好きである。一人しか死者がいないという事実だけがこの後も続く報道の基になる可能性がある。死者の数でしか被害の大きさを知ろうとしない日本のマスコミの怠慢がここにもある。
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