2011/4/18

「シューマンの指」  本・文学

図書館に予約して、数ヶ月待って、ようやく順番が回ってきた。人気がある。

奥泉光著「シューマンの指」

奥泉氏の本を読むのは初めてだ。奥泉光さんのことはあまり知らない。

N響アワーで奥泉さんがゲストで出演した時、この著作について初めて知った。奥泉さんはシューマンの愛好者であることもこの時、初めて知った。

この時、シューマンのピアノ協奏曲を聴いて、「このメロディーの美しさったら!本当に素晴らしいですよ」と熱をこめて語っていた。

それで、読みたいと思った。

読み始めて、最初は「えっ何これ?」と思った。

「オカルト?」「それとも最新医学の話?」

そして、シューマンに関する薀蓄の数々。シューマンの音楽を聴いて、確認しながらでないと、この本は理解できないんじゃないかと思った。
(ま、音楽を聴いても専門的なことなので、理解できないかもしれないが。)

最後まで読み続けられるかな?と不安になったあたりから、青春小説の趣になってきて、そこからは順調に読み進めることができた。

が、一転。

何なんだ?え、こういう展開?

さらに、二転三転。
(これから読む人のために書きません)

面白い作品ですよ。芸術とか音楽について、教えられることもすごく多い。

でも最後は、「はぁ〜、最近の小説は、私はもう好きになれないのかもしれない。」と思ってしまった。

村上春樹とまでは言いませんが、つまり、「ダンスダンスダンス」は本を投げつけたくなるくらい怒ったが、これはそれほどでもない、でも私好みではない。

私が世間からずれちゃったんだろうな。

それと、女性の描写がひどいね。作品なのだから、登場人物の描写として、その必然の上で読めばいいのだけど、ここまで言うか、と変な倫理観で作者を批判したくなってしまう。
〜文学の読み方ではないね〜

シューマンについては、ピアノでは前述の「ピアノ協奏曲」と「子供の情景」「クライスレリアーナ」くらいしか知らない。

「子供の情景」の第1曲「見知らぬ国と人々について」は大好き。短いけど、美しい曲。シューマンって心のきれいな人なんだろうな、なんて思ってしまう。

この曲が聞きたくて、昔、ホロヴィッツのCDを買った。

「子供の情景」には有名な「トロイメライ(第8曲)」がある。

50年も前の小学校時代。給食の時間にこの曲が流れた。だから、トロイメライを聞くと給食の脱脂粉乳とか、コッペパンとか思い出す(苦笑)

このCDもよく聴いた。
「トッカータ(作品7)」「子供の情景」「クライスレリアーナ」「アラベスクハ短調」「花の曲変ニ長調」が入っている。

久しぶりに、棚から出してきて、今日聴いてみた。そうそう、こういう曲だった、次の曲はたしか、こうで・・・とか、次々思い出した。

が、やっぱり、シューマンはずっと聴いていたい、とは思わない。一部の曲を除いて、何か、神経をギリギリこすられるような感じがする。心が安らげない。

シューマンは、よく知られているように精神を病んで自殺を図り、最後は精神病院で亡くなった。

この小説は、シューマンのそういう人生を取り込んだ巧みな小説といえるのだろう。

話が変わるが、最近、少し小説を読もうと思って(現実逃避)、本棚にある未読の小説を読み始めた。

が、主人公が20代〜30代の小説は、私にとっては「もうどうでもいいなぁ」とつい、感じてしまうのだ。

「いつの時代でも小説は面白く読める」、「その年齢年齢で読むことができる」と思っていたのだが、どうもそうではないようだ。

おばあさん小説、というのがないでしょうかねぇ。でもなぁ。同世代作家でも、小説を書くような女性はエネルギッシュだから、ついていけないものも多い。

やっぱ古典ですかね。
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