2011/6/26

バビロンの陽光  映画

時間が空いたので、映画を見たいと思った。ネットで検索したが、シネコンにはあまり見たい映画がない。ミニシアター系を捜して、この「バビロンの陽光」を見つけた。

イラク映画。イラク映画はどんなものだろうか?という素朴な好奇心から、この映画に決めた。

イラクで映画が作れるのだろうか?今もたびたびテロのニュースが流れるのに、映画の撮影ができるのだろうか?

そんな無知のまま銀座まで出かけた。

映画館は30名程度の入り。シネスィッチ銀座にはあんまり行かないけれど、それでも満席だったのはレディズデーの「リトルダンサー」だけかな。あとは今回同様空席が目立っていた。

フセイン政権が崩壊して3週間後、行方不明の息子を捜して、クルド人の母親が孫ととともに旅に出る。息子がいると思われる刑務所まで900km。

映画の出来云々以前にイラクの現実に、押しつぶされそうになる。40年間に行方不明者150万人。途方も無い数字だ。

フセインの圧政下、クルド人虐殺で死者18万人。イラン・イラク戦争、湾岸戦争、そして9.11後のアメリカイラク侵攻での死者10万人。

老女と孫が旅するイラクの風景は広漠たる砂漠だ。首都バクダッドもまだ戦争の余燼の中にある。破壊され荒れ果てている街。その中で生きている人々。

それでも、この映像を私は美しいと思った。CGのあの暗い人工的な画面ではない。

この映画が重い題材にもかかわらず、見るのが苦痛ではないのは、孫の少年の存在が大きい。目が大きい、とてもかわいらしい少年だ。屈託のない表情で生き生きしている。

(主演の祖母と少年は素人だという)

それでも、映画が進むにつれ、無邪気な彼の顔が大人びていく。最初は毅然としていた祖母は次第に疲れの色を濃くし、顔から生気が失われていく。

刑務所では息子(孫の少年からは父親)を見つけることができず、病人がいるというモスクや集団墓地を捜す。新たに発見された集団墓地にはおびただしい人骨が埋まっていた。

その墓地には夫や息子、兄弟を失った数多くの女たちがいる。イスラム女性の黒い服装が喪服そのものに見える。

老女が息子の「赤ん坊」だった頃を語ると、涙がこらえきれなってしまった。

一くくりに10万、150万と数字で言ってしまうが、一人一人、生まれた時のことを思う。柔らかな頬があり、指があり、つぶらな瞳があった。その一つ一つの命の重さを思った。

重い暗い話だが、助け合う庶民の姿や、加害・被害の間での赦し、将来の夢を語る少年の姿に希望も見出せる。

150万人の行方不明者がいて、今なおテロや混乱のイラクで生きている人々がいる。3.11以降の日本は、この程度のことでへこたれるわけにはいかない、と(そういう見方は誤りかもしれないのだが)力づけられたりした。

上映は7月15日まで。

話は違うが、シネスィッチ銀座で見た予告編はどれもみな魅力的で、ぜひ見たいと思うようなものばかりだった。「岳」を見に行った時の予告編とは大違いだった。
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