2011/9/10

心に残った言葉  原発関係

今日の東京新聞に歌人・住職の福島泰樹氏の「死者もまた思い出の器 無常観の連帯(下)」が掲載されている。

感銘を受けた。

1週間前に(上)があったのだが、その時は気づかなかった。通して読んでみた。

特に(下)は何度も読み返した。一部を引用しても、その文章の素晴らしさは伝えられないのだが、それでも私の備忘録として書いておく。
(下)の書き出しで

「そうだ、人は思い出の器でもあるのだ」として二十歳で死んだ特攻隊員の歌を引く。

『憶い出の器であれば慈悲ふかく葬りたまえ雲湧く果てに』

『切なさや漣(さざなみ)のように襞(ひだ)をなし押し寄せてくる憶い出なるよ』

「六十を過ぎて、しみじみと思うようになった。今の俺は若い頃よりずうっと豊かではないか。この間、出会って別れていった実にたくさんの人々、〜(中略)〜彼ら死者たちが、たえず私の心の中を出入りし、艶やかで豊かな時を結んでくれるのである」

(そのことは私自身が、特に今年になって(母を失って)、しみじみ感じる)。

「告白しよう。戦後六十六年という時間を大過なくすごした私は、あと何年間かをこの地上に命を留め、思い出の数々をのんびりと土に帰してゆけるものと信じていた」

「ところが三月十一日の大震災は、そんな期待を一瞬のうちに霧散させ、さらに原発事故発生は私の目論見を完膚なく打ち砕いた」

『戦後民主主義の極みやマスメディアに飼いならされて国滅ぶべし』

「事物は消滅し、人は死ぬ。悲しみを忘れたところに人間の真実はない。日本人は早急に『無常観』を回復しなければならない。早世した作家高橋和巳は、それを『悲しみの連帯』と言った」

高橋和巳を今の若い人たちは知っているだろうか?

週刊金曜日「原発と差別」鎌田慧・樋口健二

「差別構造がないと原発は動かない」(見出し)
鎌田「原発や関連施設は、貧しい、政治から見放された、日があたらない地域に立地してきました」
樋口「下請けや孫請け、さらにその下の組合に入っていない、入れない未組織労働者たちが危険な仕事を担っている。社会保障は一切ない」

(世界的に見ても、豪州のウラン鉱山はアポロジニの住居地、米国の原爆の研究所や実験場はネイティブアメリカンの土地、旧ソ連の原発は周辺の衛星国に押しつけた)

「反対同盟委員長が推進派町長になる悲劇」(小見出し)
鎌田「被害者と加害者がぐじゃぐじゃになっている。原発はそういう社会を作ってきた。差別構造の中にさらに複雑な構造がある。本当に地獄だと思います」
樋口「どこかで歯車が狂ったんです」

そして、鎌田慧「原発は本質的に危険で、あってはならない産業だから、稼働のためには話してきたように、あらゆる犯罪や嘘を動員する」
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